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開設区、20年で3分の2止まり 多様な地域事情
支え合いの現場から 地方包括ケアの行方 福祉村の実践(8)

社会 | 神奈川新聞 | 2018年6月7日(木) 05:00

平塚市の港地区町内福祉村で地域包括支援センターみなとが開催した「みなと包括サロン」で、脳活性化リハビリゲームを楽しむ高齢者
平塚市の港地区町内福祉村で地域包括支援センターみなとが開催した「みなと包括サロン」で、脳活性化リハビリゲームを楽しむ高齢者

 平塚市の「町内福祉村」は、吉野稜威雄元市長(在任1995~2003年)の初当選時の選挙公約だった。1999年1月の第1号開設を目前にした市議会98年12月定例会で、吉野元市長は「生活支援や心の交流を行う地域のサポートネットワークも、介護保険制度と両輪をなすもう一つの柱。地域住民がともに連帯し、支え合う地域社会の構築を目指したい」と強調した。

 モデル事業として98年度から3年度連続で3カ所を開設。しかし、そこで明らかになったのは、住民主体のボランティア組織を行政主導でつくるという矛盾だった。「地区社会福祉協議会があるのに屋上屋を架するのか」との疑問も根強かったという。

 その結果、「つくることを目的にすると、うまくいかないと分かりました。地域住民が必要と感じた場合、やりたいという声が高まった時に、市が立ち上げを手伝うという方針に転換しました」と市福祉総務課の又村あおい主管。地区社協と違って地域に活動拠点を持ち、ボランティアが集まって組織をつくり、地域の支え合いを行う意義は評価され、続く2人の市長の下でも町内福祉村は推進されてきた。

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 ただ、そうした方針のため、市内25公民館区の3分の2、計17区が開設されるまでに、市長3人、約20年の歳月が過ぎた。8区では未開設。市は全区開設を目指すとしているが、そのめどは立っていない。すでに地区社協や市民団体の活動がある、活動の担い手がいないなど、事情はさまざまだという。

 一方で、開設から時が過ぎ、役員の高齢化やボランティア不足に悩む町内福祉村も出ている。市議会でも「町内福祉村間での温度差をどう解消していくのか、さらに町内福祉村のない地域での事業運営をどう進め、全ての地域でサービスを受けられる体制をどう構築するのか」などと、全区開設のめどや、町内福祉村間の活動の違いなどについての質問が定例化している。

 住民主体が町内福祉村の本質だけに、開設しないことも住民の判断だ。ただ、町内福祉村を介護保険の総合事業に組み込んだことで、行政としては、「全ての地域でサービスを受けられる体制」の構築は課題だ。

 介護保険の生活支援体制整備事業では、地域への生活支援コーディネーターの配置が制度化された。平塚市でも地区ごとにコーディネートチームの配置を進めているが、町内福祉村のある地区では、結果的に福祉村のコーディネーターらがその役割を担っている。しかし、町内福祉村のない地区では「配置は進んでいない」(同課)という。

 平塚市の町内福祉村は、地域の支え合いの貴さ、地域の潜在力の大きさを見事に示している。一方、一つの自治体の中でさえ、地域事情には大きな差があり、地域の支え合いは容易ではないことも浮き彫りにした。

 国が進める地域包括ケアシステム、介護保険の総合事業では、地域の力に大きな期待が寄せられている。しかし、高齢化や人口減少のため自助、互助が十分に機能しない地域は多く、それは、ますます増えていく。各地域の個性、潜在力を生かしながら、かつ“弱い”地域をどのように支えていくのか。平塚市の今後の取り組みが注目される。

(この回おわり。随時掲載します)

 ◆地区社会福祉協議会 平塚は1910年に住民有志が私立中郡盲人学校(現・県立平塚盲学校)を設立するなど福祉の歴史がある。市社会福祉協議会も市レベル、23の地区社協レベルで活発に活動。町内福祉村開設以前にも、ボランティア部を設けて高齢者給食会や福祉相談、サロンなどを行っている地区社協があった。ただ、地区社協役員は、自治会長ら地域団体役員で構成し任期に限界があり、活動に波があった。「町内福祉村は、地区社協の活動を住民ボランティア主体の組織で持続させる狙いもあった」と、吉野稜威雄元市長の選挙戦を知る人は語る。

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