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ヘイトスピーチ考
時代の正体〈604〉ネット脅迫事件(下)ヘイトクライム断罪を

社会 | 神奈川新聞 | 2018年5月27日(日) 12:50

書類送検の意義を説く師岡弁護士=24日、東京・霞が関の司法記者クラブ
書類送検の意義を説く師岡弁護士=24日、東京・霞が関の司法記者クラブ

【時代の正体取材班=石橋 学】川崎市川崎区の在日コリアン3世、崔(チェ)江以子(カンイヂャ)さん(44)を差別ツイートで脅したとして、川崎署は「極東のこだま」を名乗る藤沢市の男性(50)を脅迫容疑で書類送検した。代理人の師岡康子弁護士にその意義と、インターネット上のヘイトスピーチ対策の課題を聞いた。

 ヘイトスピーチ解消法が成立して2年。本件は匿名者によるネット上のヘイトスピーチを警察が脅迫罪で告訴を受理し、被疑者を特定、送検に至った初の事例だ。

 解消法の施行日に警察庁は「厳正な対処などにより、不当な差別的言動の解消に向けた取り組みに寄与されたい」との通達を全国の都道府県警に出している。これを受け、川崎署は積極的に対応した。告訴状を速やかに受理し、加害者の特定を被害者に求めることも、被害を小さく見積もり2次被害を生じさせることもなかった。

 ネット上のヘイトスピーチの被害、特にツイッター社など海外に本社がある媒体の場合、解決には発信者情報開示の民事訴訟を起こすなど被害者個人に時間的、経済的負担が過重にかかり、多くが泣き寝入りを強いられてきた。

 日本は人種差別撤廃条約に加入しており、差別を禁止し、終了させる義務を負っている。差別の一形態であるヘイトスピーチを止め、被害者を救済するため、加害者の特定は本来国がやるべきことだ。全国の警察には「川崎モデル」を範として、積極的な対応と被害者への配慮を期待したい。他の被害者には脅迫罪や名誉毀損(きそん)罪などで告訴することも救済法の選択肢としてあり得ると伝えたい。

差別犯罪の罪


差別ツイートで脅迫を受け続けた日々を振り返る崔さんの言葉を沈痛な表情で聞く師岡さんら弁護団=24日
差別ツイートで脅迫を受け続けた日々を振り返る崔さんの言葉を沈痛な表情で聞く師岡さんら弁護団=24日

 「こだま」本人は週末の娯楽として気楽に差別ツイートを繰り返してきたが、脅迫は犯罪行為だ。匿名だろうと捜査で身元が突き止められ、容疑者として取り調べられ、弱い立場のマイノリティーをいたぶり続けた卑怯(ひきょう)者であることが白日の下にさらされ、人生は一変する。現在ネット上でヘイトスピーチを楽しんでいる匿名者たちへの強い警告となろう。

 強調したいのは、差別的動機に基づくヘイトクライム(憎悪犯罪)だということだ。だから一般的な脅迫犯罪以上の打撃と実害を被害者に与える。属性ゆえに狙われ、いつ殺されても仕方のない価値の低い人間として扱われていると思わせ、自分を虫けらのように扱う者たちからいつ暴力を振るわれるか分からないという、根拠ある恐怖と絶望感を刻み付ける。

 被害者の属するマイノリティーの集団にも大きな打撃と沈黙効果をもたらす。崔さんは地元桜本を襲ったヘイトデモの被害を訴え、実名で報道されて以降、レイシスト(人種差別主義者)の標的にさせられた。ネット上では現在も数十万件レベルのヘイトスピーチが書き込まれ、放置されている。

 在日コリアンで、女性であることから「被害を訴えるなど生意気だ」「黙って差別されていろ」と集中攻撃を受けている。在日コリアンの象徴として攻撃され、それは同じ属性を持つマイノリティー全体への攻撃となる。自分も在日だと分かったら同じ目に遭うという見せしめの効果を持つ。

 放置されれば、マイノリティーは攻撃してもよいというメッセージを社会に広め、暴力を誘発する。すでに在日コリアンへのヘイトクライムは多発している。崔さんは心身にさまざまな不調をきたし、子どもと一緒に出掛けられないなど平穏な日常が一変する実害を受けている。これらの害悪の大きさを考慮し、単なる略式起訴・罰金ではなく、通常起訴し、厳罰に処し、どれだけひどい犯罪かを「こだま」本人と、社会に広く知らせることが求められている。

 国は17年、国連の人種差別撤廃委員会への報告書の中で、ヘイトクライムについて「人種主義的動機は、わが国の刑事裁判手続において、動機の悪質性として適切に立証しており、裁判所において量刑上考慮されているものと認識している」と報告している。本件は一般の脅迫罪ではなくヘイトクライムなのだから、報告通りに対処すべきだ。

国と社会の責務


 「こだま」のツイートが極めて悪質で許せないのは、崔さんの近所にいるように装っていたことだ。わが子に我慢を強いなければならなくなった崔さんは、自分が在日だから子どもたちに悲しい思いをさせるのだと、自分を責めた。こんなつらい目に遭わせるヘイトスピーチ、ヘイトクライムを行う人物を許すことはできない。

 今回の告訴、書類送検でレイシストたちが逆恨みする危険性は十分にある。それでも黙っていてはいけないと崔さんは声を上げた。被害者に過重な負担をかけるのは間違っている。国やマジョリティーがヘイトスピーチとヘイトクライムをなくすよう取り組むべきだ。

 解消法の付帯決議第3項はネット上のヘイトスピーチ解消に取り組むよう明記しているが、国は実態調査もしておらず、対策はほとんど進んでいない。欧州連合(EU)ではツイッター社やフェイスブックなど影響力のある大手ネット企業と交渉し、ヘイトスピーチの原則24時間以内の削除や発信者情報の迅速な開示などを求めている。ドイツでは対応を怠った企業に最大50万ユーロ(約64億円)の罰金を科している。日本政府も解消法に基づき、最低限これらの企業と交渉して協力を求めるべきだが、それもやっていない。

 そもそも解消法がヘイトスピーチを明確に禁止していないところが法的には最大の問題で、本件もヘイトスピーチ自体が犯罪ではないため、脅迫罪に当たる部分に限定しての告訴しかできなかった。

 ネット企業の協力を求めるためにも、各国同様にヘイトスピーチを禁止、違法化し、制裁を科すべきだ。被害者救済のためには独立した国内人権機関を設け、被害者が刑事告訴や民事訴訟を行わずとも、無料で簡単な手続きで救済される仕組みづくりも、やはり条約上の義務として求められている。


 

「規制の議論進める」 有田芳生参院議員(立憲民主党)の話


ネット上のヘイトスピーチの法規制の必要性を説く有田参院議員=24日
ネット上のヘイトスピーチの法規制の必要性を説く有田参院議員=24日

 ヘイトスピーチ解消法の衆参両院法務委員会付帯決議にはネット上のヘイトスピーチにも対処していかなければならないと明確にうたわれている。解消法成立から2年を迎え、川崎市などの自治体では解消法を実効化する条例づくりが進んでいるが、最も遅れているのがネット上のヘイトスピーチ対策だ。少なくなるどころか増えている。そうした中、崔さんが堂々と告訴し、警察が厳正な捜査を行い、書類送検に結びついた。この結果を抑止力にしていかなければならない。

 国会でも解消法を改正するのか、個別法を作るのか、与党議員を含めた参院法務委員会で議論が始まっている。ドイツではネット上のヘイト対策法ができ、厳しい対応がEUをはじめが国際的に進んでいる。日本でもネット上の人権侵害を許さないという機運を国会でも高め、議論を進めていく。


【「極東のこだま」による脅迫事件経緯】
 ※〈 〉内は一部抜粋したツイート
2016年
8月28日
 〈正直、自死してくれないかなと常に思っている…青丘社のアレ〉

9月11日
 〈オレは桜本のチョーセンを許さないよ。特にカンイヂャなww〉

11月19日
 〈振り向けばーオレはここにいるー♪〉
 崔さんが参加している地元桜本の祭り前日。

11月20日
 〈雨上がりの桜本〉
 崔さんは「極東のこだま」が桜本にいると確信。耳の聞こえが悪くなり、めまいと味覚を感じない症状に。ストレス性と診断される。

11月30日
 崔さんの職場に匿名で、「出ていけ」などと書かれた手紙の入った封筒が届く。

12月31日
 〈おれが見えないのか すぐそばに住んでいるのに~♪〉
 年末恒例、家族そろって近所の銭湯に出掛けるのを諦めた直後にツイートを目にした崔さんは絶望を深めた。さらに極東のこだまが近所の知り合いの誰かではないかとの疑念が生じ、眠れなくなった。

2017年
1月21日
 〈オレがアーチェリー始めたら桜本の朝鮮人に通報されるかね。『レイシストが武器を持ったー。私たちは殺されるー』ってね〉

4月13日
 〈北朝鮮の核実験、あるとするなら15日の土曜日か。在日朝鮮人の動きから目が離せないな〉
 核実験など朝鮮半島情勢の悪化が連日報道さる中、著名な作家百田尚樹氏が「もし北朝鮮のミサイルで私の家族が死んで私が生き残れば、私はテロ組織を作って、日本国内の敵を潰していく」とツイ―ト。これを受け極東のこだまは連続して脅迫ツイートを行う。

4月15日
 〈一番憎いのは集住する在日かな。桜本がダントツ。不思議なことに、チョーセンも日本もなく楽しく遊んだヤツや、そこにいるだけで周りを笑わせていた在日朝鮮人の友人は、みんな桜本から出て行ったよ。今では燃えてなくなってもいい街だね〉
 〈最近の崔江以子は何やってるんだろうな。平時は神奈川新聞でウワォーッとやってくれちゃってるが、今は頭を低くして嵐が過ぎるのを待つってところかな〉

4月16日
 〈どうせ緩やかな内戦だし、ミサイル飛んで来たら関東大震災アゲインで構わないけどなww〉

4月29日
 〈桜本の在日朝鮮人は侵略者だと思っている〉
 〈シナ・朝鮮人は強盗だと思ってる。これはオレの内心の表現〉
 〈川崎も桜本の騒乱に備えなければ〉
 〈まー表現の自由のないレイシストでいいよ。何をどうされようとオレの勝手にするからwwだから桜本のチョーセンはしね〉
 〈ま、オレらは北朝鮮から何かがあった場合、すぐ近所に反撃対象がありますから♪いま必死で頭をひくくして嵐が過ぎるのを待ってる連中がねwww〉

4月30日
 〈オレも庭の植木に使うナタを買ってくる予定。川崎のレイシストが刃物を買うから通報するように〉

5月1日
 崔さんは「ナタ」のツイートを見て眠れず、近所の交番に行き、警備強化を依頼。

5月2日
 〈ちょっとお出かけ。川崎の泣き女とすれ違ったらゴキゲンだな、というのはオレの内心。通報して見ろよおらおら〉

5月4日
 〈秩序が保たれている日常だから我慢しているのであって、戦争とか騒乱とか災害の非日常だったら話は別だ。川崎はマトがたくさんあって大変だよなww〉
 〈キチガイと朝鮮人に人権を与えるから暮らしにくい世の中になる。キチガイはどこまでいってもキチガイで、チョンはチョンでしかないんだよ。生活を営む人間と一緒にするからダメなんだ〉
 〈有事発生まだかなぁ。休みも明日までなんだけど〉

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