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沖縄・保育園に部品落下 頭上飛び交う米軍機 保護者が訴え

社会 | 神奈川新聞 | 2018年5月25日(金) 13:03

長女の通う保育園に米軍ヘリの部品が落下したとみられる事故について話す与那城さん =11日、沖縄県那覇市
長女の通う保育園に米軍ヘリの部品が落下したとみられる事故について話す与那城さん =11日、沖縄県那覇市

長女の通う保育園に米軍ヘリの部品が落下したとみられる事故について話す与那城さん =11日、沖縄県那覇市
長女の通う保育園に米軍ヘリの部品が落下したとみられる事故について話す与那城さん =11日、沖縄県那覇市

 「世界一危険な米軍基地」とされる米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)。近くの緑ケ丘保育園に同飛行場所属の大型輸送ヘリから部品が落下したとみられる事故は、昨年12月に起きた。米軍は落下を認めず、何事もなかったかのように園上空を飛び続ける。事故6日後には、近接する普天間第二小学校の運動場に同型ヘリから窓が落下した。那覇市内で11日開かれた報道関係者らが集まったフォーラムで、同園に長女を通わせ、米軍ヘリの園上空飛行停止などを求める署名活動に取り組んできた与那城千恵美さん(45)は、米軍機が頭上を飛び交う光景を想像してほしいと訴え、こう求めた。「沖縄の基地のこと、子どもたちのことをもっと知ってもらいたい」。その叫びは、本土に暮らす私たち一人一人に向けられている。

  私は生まれも育ちも宜野湾市喜友名。普天間飛行場のそばでずっと暮らしてきました。私の弟が(2004年に起きた)沖縄国際大学のヘリ墜落事故の現場にいたこともあり、事故の怖さ、基地の怖さは十分分かっているつもりでした。でも、3歳の娘が通っている保育園に落下物があったと知った時、今までにない恐怖で体が震え、涙があふれて止まりませんでした。

 事故当時、たくさんの子どもたちが園庭で遊んでいました。部品が落ちた場所は、子どもたちが遊んでいる園庭からわずか50センチしか離れていない屋根の上。もしちょっとでもずれて、子どもたちに当たっていたらと思うと、本当に怖くて胸が苦しくなります。


沖縄県での最近の主な米軍機トラブル
沖縄県での最近の主な米軍機トラブル

 

相次ぐ中傷


  私たちは子どもたちの命と保育園を守るために声を上げることにしました。でも、活動など何もしたことのない素人です。「嘆願書って何ね?」「どこに出せばいいのかな?」。まさにゼロからのスタートでした。

 嘆願書の要望内容は「保育園上空の飛行禁止」。日米合意で決められた飛行ルートがあり、保育園と普天間第二小学校はそのルート外になります。保育園上空を飛ばないという約束を守ってほしいと訴えています。しかし、現状はかなり(の数の米軍機が)上空を飛び続けています。

 そんな中、米軍は落下を認めず、その主張を受け入れた日本政府にあぜんとしました。それからです。園への誹謗中傷、電話やメール、インターネットでのデマ拡散…。こんなことをする人たちが本当にいるのだと、深く傷つきました。

 一番大変だったのは、現場の先生たちです。「自作自演だろう」「そんなところにあるのが悪い」…。園長の元には言葉にするのが苦しくなるくらいひどい内容のメールが届き、先生たちは電話の対応に追われました。お昼寝の時間には子どもたちが起きないよう、寒い中、先生が電話を持って外に立っていることもありました。

 また、落下現場を見ようと連日多くの人が保育園の周りに集まりました。子どもたちに危害を加えられないか不安で、門に鍵を掛けた時期もありました。


 

届かぬ叫び


 嘆願書は沖縄県や沖縄防衛局、外務省沖縄事務所、在沖米総領事館に直接提出しました。(在沖米軍トップの)四軍調整官は落下を認めていないため、「受け取る立場にない」という理由で面談さえ拒否しています。

 翁長(雄志)知事は私たちを励まし、寄り添ってくれていますが、沖縄防衛局は「米軍に伝える」という回答ばかり。私たちの言うことに耳を貸さず、解決しようという姿勢が一切見られず本当に失望しました。

 それでも、政府に直接訴えれば何かが変わるかもしれないと、約12万筆の署名とともに希望を持って上京しました。署名は日本各地から届きました。とても励まされ、感謝の気持ちでいっぱいです。提出の際は防衛省、外務省などの担当者に対応してもらいました。

 しかし、何を言っても、何を聞いても「米軍からの返事待ち」。会話すら全くできない状況。人の顔をまともに見ようともせず、そんな彼らがこの国を動かしているのかと思うと、とても悲しくなりました。
 

目覚めの時


 生活は事故以来、一変しました。これまで基地があるのが当たり前でした。何も気付かないように、目を覚まさないように、魔法をかけられていたのです。この事故で一気に解けて周りを見たら、こんなに恐ろしい場所に住んでいたのだ、と気が付きました。

 政府は国民の声を聞くのが仕事のはずです。でも全く聞き入れてくれません。国民の声を無視して米国の言うことばかり聞いています。政府こそ、米国の魔法にかかっているのではないでしょうか。政府こそ、米国の魔法を解かないといけないのではないでしょうか。

 想像してください。笑顔で遊ぶ子どもたちの頭上を爆音とともに、さまざまな米軍機が飛び交っている光景を。あなたはその現実をどう受け止めますか?
 
 第二小学校ではヘリが来ると避難しなければいけません。落下物に備える避難訓練までしています。「大好きな運動場で遊べない」「運動会ができないかもしれない」。そう言って悲しんでいる子どもを見て、あなたはどう感じますか?
 
 本土の子どもたちは安心して楽しく学校で過ごせます。沖縄の子どもたちはそれができません。同じ日本に暮らしているのに。この差は何なのでしょうか? どういうことなのでしょうか? 戦後、沖縄の危険な状況は何も変わっていないのではないでしょうか?
 
 私たちは子どもたちが大人になった時、同じ思いをしないように声を上げ続けています。でも、私たちの力だけでは国は動いてくれません。全国の人に、基地のこと、沖縄の子どもたちのことをもっと知ってもらいたい。そして、力を貸してほしい。どうすれば子どもたちを守れるのか。知恵を貸してほしい。一日も早く子どもたちが安心して学校に通えるように知恵を出し合い、力を合わせ、一緒に国を動かしてくれませんか。

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