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3・11東日本大震災9年
思い出の地復興まで 高校時代訪問、東北で支援続け

社会 | 神奈川新聞 | 2020年3月12日(木) 12:00

「光景覚えていて」
地元で写真展も 湯河原の梅原さん

 東日本大震災の発生直後から約9年間、被災地でボランティア活動を続けている男性が湯河原町にいる。高校時代の「思い出の地」を40回以上訪れ、ワカメ養殖を手伝ったり、仮設住宅で住民の不安に寄り添ったり。現地で撮りためた写真を地元で紹介し、いまだ消えない爪痕も伝えている。「活動は生きがいで、むしろ自分が助けられている。元気なうちは、まだまだ頑張りたい」。東北が真の復興を遂げるまで、思いは尽きない。


高校時代に訪れた東北の思い出を語る梅原さん=湯河原町土肥
高校時代に訪れた東北の思い出を語る梅原さん=湯河原町土肥

 2011年3月、東北の沿岸部を襲った津波の光景は衝撃的だった。テレビ画面越しの惨状に実感が湧かず、「この目で確かめたい、ほんの少しでも被災者の助けになりたい」。そんな気持ちがあふれ被災地に駆け付けたのは、湯河原町土肥の梅原雄蔵さん(72)だ。

 翌4月から、宮城県石巻市などで泥かきや被災家屋の清掃などに協力。水を吸った畳は重かったが、「被災者の『ありがとう』の一言で、また来ようと思った」。以降、昨年11月までに、岩手県大船渡市や福島県浪江町などを計40回以上訪問。湯河原名産のミカンを仮設住宅で暮らす住民らに配っており、葉っぱが付いた大きな果実が好評を得ているという。

 梅原さんと東北のつながりは1964年7月、高校2年の時にさかのぼる。高度経済成長期で首都圏が東京五輪に沸き立つ中、社会科教諭の勧めで親友と初めて訪れた。松島(宮城県松島町)の絶景もさることながら、10代の心を捉えたのは地元住民との交流だった。


約9年間にわたり被災地で撮影した2万枚以上の一部を紹介した写真展=真鶴町真鶴
約9年間にわたり被災地で撮影した2万枚以上の一部を紹介した写真展=真鶴町真鶴

 「うちに泊まっていきなさい」「車に乗せてってあげるよ」。野宿の時は、宮司の厚意で神社の軒下を貸してもらったこともあった。所持金も少なかった2人には「東北の人の温かさが何よりも身に染みた」。

 五輪・パラリンピックが56年ぶりに東京で開催される今年、梅原さんは当時の様子を重ねる。「復興ムードの裏側で、被災地では震災の爪痕が依然残っている」。改めて、風化させてはならないと強く誓った。

 「少しでも被災地のことを思い出してもらうために、何かできないか」。2月下旬から約1週間、現地で撮影した約2万枚のうち数十点を紹介する写真展を真鶴町内で開催し、約200人が来場した。あの日の光景に驚く小学生の男児には「今は分からなくてもいいから、覚えていて」と優しく語り掛けた。

 活動を支えるのは、東北への熱い思いだ。アルバイトで資金をため、再び被災地を目指す。半世紀以上前の東北で見た人々の笑顔が戻るまで。4月中旬には、宮城県南三陸町でワカメの養殖を手伝うつもりだ。

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