まず驚いたのは始発ターミナルの閑散といっていい雰囲気。ビル街に隠れるようにエメリービル駅はあった。サンフランシスコの対岸、小さな駅舎である。米大陸横断のシカゴ行き「カリフォルニア・ゼファー」に乗る、その興奮の舞台らしくない。専用バスで乗客が運ばれてくるが、日本のような駅前の華やぎもない。
機関車が重連で引く列車は荷物車も含め8両編成。客車は見上げるばかりの2階建て構造だが、個室寝台は狭い。ことに2人用の上段。体の大きなアメリカ人がどう身を収めるのかと思うほど。世話係のアテンダントが各車両にいる。チップは最低5ドルと聞いた。どのタイミングで渡すべきか。
9時10分発。何の合図もなく動きだした。私は途中のデンバーまで行く。それでも所要33時間。車窓が楽しみなので展望車に陣取る。残雪のシェラネバダ山脈。やがては砂漠のような茫漠の世界。予期せぬ風景が急に現れるから油断できない。
世話係は映画「天使にラブ・ソングを…」のウーピー・ゴールドバーグそっくり。同室の連れ合いと2人、きりのいい紙幣がないので1ドル10枚を寄せ集めた。寝台セットの前に、その束を彼女に渡したら「オウ」と肩をすくめて笑った。よれよれの1ドルながら10枚重ねると大金に見えなくもない。
食堂車では相席。ウエイトレスの対応も料理も上等だが、ステーキは食べきれない。向かい合わせの席には隠居ふうの老女。「私は汽車が好きなの」と言った。ここぞとばかりミー・ツーと答える。(F)