
震源の範囲が連鎖的に広がった熊本地震は、震度7を2度観測する異例の地震だった。度重なる強い揺れに建物が耐えられず、被災者の多くが不便な避難生活を強いられた。その教訓をどう生かすのか-。
災害時にケアや支援が必要な高齢者や障害者、乳幼児らの要配慮者を受け入れるため、市町村が確保する「福祉避難所」という災害対応の仕組みが、熊本地震では周知不足などから機能しなかった。小中学校の体育館などが多い一般の避難所より整った設備や人員を充て、負担の大きい避難生活を支援するものだ。避難所の安全管理に大きな課題を残した東日本大震災を経て2013年に法定化されたものの、開設や運営のノウハウは今も蓄積されておらず、神奈川県内の自治体も手探りの状態だ。
昨年12月時点の県集計では、災害対策基本法に基づいて福祉避難所を「指定」した市町村は、横須賀、大和、海老名、座間、大磯、二宮の6市町。指定総数は111カ所にとどまる。
指定の動きは進んでいないが、福祉避難所の確保や運営に関する指針をまとめた内閣府は「指定は義務ではない」と説明。「市町村が地域の事情に応じ、福祉避難所の必要性を判断すれば構わない」との立場だ。
このため指定はせず、老人ホームや障害者施設などの運営法人と福祉避難所としての利用に関する協定を結ぶなどして「確保」する市町村が多い。県内では27市町村に上り、そうした福祉避難所の総数は1131カ所(昨年3月時点)と、指定数の約10倍もある。
指定と確保の違いは、どこにあるのか。
法に基づいて福祉避難所を指定すると、施設名の公表義務が生じる。福祉避難所で受け入れるべき要配慮者以外の人にも、その存在や施設名が明らかにされることになる。
福祉避難所を指定せず確保にとどめる市町村は、その弊害を懸念。ある市の担当者は「一般の被災者が福祉避難所に押し寄せ、要配慮者を受け入れるという本来の機能を果たせなくなる恐れがある」と指定に及び腰な理由を明かす。
「一般の避難所とは異なり、一斉に開設するものではない」とする別の市も、「福祉避難所は災害の規模や避難者数などに応じて二次的に開く。あらかじめ周知すると、市民の誤解を招く」と危惧している。
横浜市は、支援の態勢や設備が整った特別養護老人ホームや障害者施設、地域ケアプラザなど計483カ所の福祉避難所を確保しているが、「今のところ指定は考えていない」。
熊本地震を踏まえ、市のウェブサイトで施設名の公表を独自に始めたものの、同時に「福祉避難所が必要な機能や役割を果たすために、対象と判断されない方は避難することはできません」との呼び掛けも強調。要配慮者以外は、市が小中学校などから選んだ一般の指定避難所(地域防災拠点)計459カ所に避難するよう求めている。
川崎市も200カ所を越える福祉避難所を確保しているが、施設名は公表していない。
一方、指定済みの市町村にも悩みはある。
横須賀市は指定数が71カ所と県内で最も多いが、その全てが一般の避難所でもある小中学校などだ。
一般の避難者は体育館、要配慮者は多目的教室といった形でスペースを分ける運用を想定。横浜市などとは異なる方針だが、横須賀市の担当者は「要配慮者のスペースをどれだけ確保できるか」と不安を打ち明ける。このため、協定を結んだ福祉施設などに2次福祉避難所や3次福祉避難所を開くことも念頭に置いている。
大和市はコミュニティセンターなど23カ所を指定。ただ、配置できる職員は限られるため、「実際の運営は課題」という。
熊本地震では、発災後の混乱の中で福祉避難所が開設されなかったり、障害の種別や家族同伴の有無で受け入れが断られたりして、仕組みが機能しなかった。
益城町のある特別養護老人ホームには一般の避難者が押し掛け、「一般避難所兼福祉避難所」という本来果たすべき以上の役割を担った。近隣の公民館が危険な状態になったためで、施設長は「要配慮者だけを受け入れるのは無理」と制度への疑問を投げ掛ける。
避難所としての位置付けがなかった熊本学園大(熊本市中央区)も、車いす利用者を含むさまざまな被災者を急きょ受け入れ、教員や学生が運営に当たった。その中心だった花田昌宣教授は「福祉避難所を指定するより、一般の避難所にスペースを確保する方が望ましい」と指摘する。
問題や解決策 意見交換
県内福祉関係者ら研修
高齢者や障害者など異なる配慮を求められる人への支援や受け入れる側の役割分担など、いざというときに何が必要か。県内の福祉関係者らが「福祉避難所」の立ち上げから運営、閉所までをシミュレーションし、問題点や解決策を考える研修が開かれた。要配慮者を支援する約40人が参加し、職種を超えてスキルアップを図った。
通常の福祉関係者向けの研修は被災地の現状や支援活動を学ぶ座学が中心だ。「災害発生時に実践的に動けるのか」という声もあり、社会福祉士でコンサルタントの東海林崇さんに独自プログラム開発を依頼し、初めて導入した。
研修で白熱したのは、直下型地震発生後の高齢者施設を想定し、集まった人への配慮と、福祉避難所で各自が担う仕事をテーマにしたグループワークだ。施設には、視覚や聴覚に障害がある人、精神障害者、認知症者ら異なる支援が必要な人が集まる。どんな配慮が必要か。職員のほかに看護師、ボランティアが派遣されたとき、誰がどんな仕事を担うのか。各職種の立場から要配慮者に必要な支援を思いつくだけ書き出した後、集約してグループで話し合った。
「肢体不自由の人は、トイレの近くなど生活しやすい場所がいいのでは」「服薬管理も必要だ」。通常は障害者や高齢者など異なる分野の福祉職が共に考える場が少ないだけに、各専門分野からの視点を知ることで、職種の特徴を生かした連携の可能性が浮かび上がった。
それぞれの立場から提案される意見を整理するうちに、例えば視覚障害者とコミュニケーションを取るための手段が、認知症の人にも有効といった“発見”も生まれ、「障害の違いにとらわるのでなく、特性を理解して本人をケアする」という寄り添う支援の必要性が共有された。
また、「避難所が住みやすい、安心できる環境であること」の重要性も指摘された。中心的な役割は職員が務めるが、「家族にも協力してもらい、一緒に施設を運営するメンバーになってもらう」「一方的に支援するのではなく、本人や家族にもできることがあるという視点を忘れない」といった考えもあった。
相模原市の介護福祉士の女性(50)は「福祉避難所に必要な細かい作業などを、自分たちで具体的に考えることができた。これから(施設で)考えていかなければならないと改めて心構えができた」と振り返った。
県や県社会福祉協議会は今後も同様の研修を継続する予定だ。県地域福祉課は「災害時は、施設職員らは支援をする側であり、受ける側でもある。被災時にどう行動するかを認識した上で、研修で得たことを職場や地域で広めてほしい」と期待している。