
横浜の中心街・関内の地下コンコースの片隅で、「オヤジ」と呼ばれている60代前半のホームレス男性は寒さに震えていた。1月5日夜から6日朝にかけて、市内の最低気温は氷点下近くまで下がった。日中に着ている薄手の服では、夜半の冷え込みが身にこたえた。
横浜市中区の横浜スタジアムに近い首都高高架下の道路脇に置いた荷物を、予告なしに撤去されていた。毛布とかばん三つ。現場には、「ただちに撤去し、廃棄します」と首都高速道路会社(東京都千代田区)により記された警告が残された。
オヤジは「置いてはいけない場所に置いていた自分に非がある」と何度も繰り返し、うなだれた。「あー参ったな、弱ったなあ、っていう思いだった」
その夜は寒さで眠れなかった。支援団体から毛布をもらうことができたことが、救いだった。
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オヤジは10年ほど前から横浜の路上で暮らしている。この3、4年はスタジアムの軒先で30人ほどの仲間とともに夜を明かしていた。寝るときは肩幅ほどの大きさの段ボールの上に毛布1枚を折って敷き、2枚の毛布をかぶる。凍(い)てつく路上で寒さをしのぐためには少なくとも3枚の毛布が必要だった。
失ったのは毛布のほか、かばんに入った防寒着や下着などの衣類、洗剤やティッシュといった日用品。荷物は道路脇のガードレールとフェンスの間のわずかなスペースに、走行中の自動車から見えないように隠すように置いていた、という。
首都高の出入り口近くで絶えず車が走っており、立ち入ること自体が危険だ。オヤジは横断歩道がない交差点をスタジアム側から目立たないように渡るようにしていた。
ここに荷物を置いていたのはオヤジだけではない。70歳ぐらいの男性は寝る際に愛用した1人用のテントを奪われた。「せめてテントだけでも戻ってくれば」とオヤジに嘆いた。
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オヤジが撤去に気付いたのは5日午後5時半ごろ。シャワーを浴びて洗濯をしようと寿生活館(同市中区寿町)に向かうところだった。その足で、かねて交流のある寿支援者交流会の高沢幸男事務局長に相談しに行くと、その場で首都高に電話で掛け合った。「ただちに撤去し、廃棄するのは法に照らして認められない。ホームレスの生活と生命を脅かす人権侵害だ」
撤去から5日後の10日になって、事態は急展開を迎えた。
荷物を撤去された1人で「ゴトウ」と名乗る男性が首都高に電話をかけた際、「(撤去した荷物を)すぐに持って行きますと返答された」と聞いた。ところが返還場所が分からない。別のホームレス男性が偶然、少し離れた市有地に全員の荷物を見つけた。オヤジやゴトウさんの荷物やテントも無事だった。
オヤジは「首都高とは行き違いがあったんだろう。返してもらえたら、というのが本当に切実たる思いだった。戻ってきただけで十分うれしい」と胸の内を語る。
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なぜ、危険を冒してまで首都高高架下の道路脇に立ち入り、毛布を置いていたのか。
オヤジは「昔のスタジアム周辺はもっと雑然としていて、置いていた毛布はすぐに盗まれた。次第に人目がつかないところに隠すようになった」と明かす。高架下の道路脇はスタジアムに近く、雨でもぬれにくいために好都合だった。
JR関内駅の高架下にある公衆トイレ近くの垣根の中やフェンスに、毛布や荷物を置いているホームレスは少なくない。「市役所前で荷物を抱えて歩くのは恥ずかしい」と話すオヤジは近くの公園の隅に荷物を隠したこともあったが、すぐに見つかり移動を求められた。そのため、5年ほど前から首都高の高架下に置くようになった。
オヤジは3、4年前にも、この場所に置いた荷物を首都高に撤去されたという。中区役所に相談して調べてもらうと、川崎市内の集積所にあることが分かった。「お金もないし足もない。取りに行けないので、当時は諦めるしかなかった」と振り返った。
オヤジは毛布やかばんを置く場所を新たに見つけた。首都高高架下の道路脇には入らないつもりだ。
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路上での暮らしを、オヤジはこう説明する。
「一言で言えば『なまくら』ということ。つまりは仕事がない」。働かないのでお金はない。そのため「残飯をあさったり、炊き出しやパンをもらって何とか命をつないでいる」。しかし、店舗から残飯が打ち切られるなど、年々厳しくなってきているのが実情だ。
徳川家康の名言「不自由を常と思えば不足なし」を好んで使うオヤジだが、「路上生活はひとさまに許されるような生きざまではない。いつまでも突っ張っているわけにはいかない。福祉の支援を受けろとか、何とかしてはい上がるようにして生きていけって言われる。それが正しい生き方だろう」と打ち明ける。
路上で暮らす以上、社会から排除される存在ということを常に意識している。
「通りすがりの人が僕たちを見て笑っていく。笑われているうちはいい。こいつら、とにらまれるとすぐに撤去させられたり、けしからんということになる」
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「野宿者私物を無断で廃棄」と題した神奈川新聞の配信記事がヤフーニュースに掲載されると、ホームレスに批判的な内容がコメント欄を占めた。支援者からそう聞き、オヤジは複雑な思いになった。
「大手を振って置いていたわけではない。でも、荷物を置いたことに批判を受けるのは仕方ない」
行政機関がホームレスの所有物を撤去する場合は事前に告知し、1週間など一定の猶予を設けている。「ただちに撤去し、廃棄するのは法に照らしてダメだろうが、一般ではすぐに撤去するのが当たり前と誤解されている」。ホームレスへの非難が無理解から生じていることに戸惑いを感じる。
「社会から否定されても別に怒ることはない。ただ、わずかに『かわいそうや』というコメントがあった。それだけで十分」。オヤジはそう話すと、はだしにサンダル姿で寒い夜のスタジアムに向かった。
