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時代の正体〈404〉24条の危機(4)守るべき理由

社会 | 神奈川新聞 | 2016年10月7日(金) 15:39

(左から)弁護士の打越さん、政治学者の三浦さん、LGBT問題に取り組むNPO法人理事の藤田さん
(左から)弁護士の打越さん、政治学者の三浦さん、LGBT問題に取り組むNPO法人理事の藤田さん

【時代の正体取材班=田崎 基】婚姻や男女平等を定めた憲法24条が改正されるのではないか-。その危機感から始まった「24条変えさせないキャンペーン」。9月の発足から1カ月足らずで15団体、700人近い個人が賛同の声を上げた。キックオフシンポジウムでは24条を守るべき理由と、改正を求める勢力の背景にある思想に言及があった。登壇者の主な発言を紹介する。

24条と新自由主義

【室蘭工業大准教授 清末愛砂さん】 24条そのものの意義と、新自由主義についてごく簡単に話をさせていただきます。

 天皇主権であった大日本帝国の土台を構築するために導入されてきた、大変抑圧的な「家制度」というものが帝国時代にあった。24条は、その廃止をもたらした根拠となる条文です。

 さらに、24条は個人の尊重を規定する13条、また法の下の平等を規定する14条とともに、帝国主義と植民地主義に基づく、大日本帝国におけるジェンダー(社会的、文化的につくられる性差)差別の仕組み、とりわけ、差別や暴力の温床となってきた家族という私的な領域における差別を明確に否定したことに意義があります。


室蘭工業大准教授の清末愛砂さん
室蘭工業大准教授の清末愛砂さん

 第二に、1980年代以降に、女性の憲法学者である若尾典子さんらによって24条を再評価する研究が行われました。家庭内のジェンダーに基づく差別や暴力といったものを、否定、克服しようとする、解放の法理論を導く根拠条文として意味があると位置づけています。

 個人の尊厳と当事者主義をベースにしながら、公的な家族観とは異なる、多様な家族観のあり方と認める解放の法理論の根拠条文でもあると考えております。

新自由主義と家族主義
 もう一つ、24条の解釈についてです。大日本帝国時代の戦時体制、監視体制と密接な関係を家制度は持っていた。24条はこれを否定した。同時に、戦争や戦時体制をも否定したと私は解釈しています。

 言い換えれば、日本国憲法の三大原則の一つである平和主義を実現するための一つの条文が憲法24条である。これは日本のみならず、全世界の平和的生存権をうたう憲法前文、ならびに戦力の不保持、交戦権の否認を規定している9条の文脈から、24条というのは理解、評価される条文であろうと考えています。

 前文、9条と24条は明らかに一連のものとして捉えることが重要であるということです。

 日本国憲法の特徴の一つは「非暴力性」にあります。それを確固たるものにするためには前文、9条、13条、14条、24条、そして生存権を規定する25条の一体化論というものが必要なのではないか。

 さて、改憲勢力が24条の改悪を目指し始めたのは最近のことではありません。極めて計画的かつ組織的にその動きを進めてきたわけです。おそらく現在、ついにその最大のチャンスが到来したと気持ちを高揚させていることでしょう。

 とりわけ1930年以降の大日本帝国時代の軍国主義に基づく体制と、非常に似た体制を構築することを求めてきた憲法改悪論者にとってみれば、個人の尊重や尊厳を否定すると同時に、憲法の中に家族の助け合いというものを入れて促進することは、強固な政治国家、監視国家を再度確立する上で、欠かせない要素であると考えているはずです。

 緊急事態条項の創設によっても社会全体を統制する。同時に助け合いの名の下に家族の構成員の間で互いに監視させる体制をつくる。さらに、そこにナショナリズムをあおり立てていけば、統制は見事なまでに効果を発揮し、改憲論者が望む理想的なまでの強権的な国家を作り上げることができるでしょう。

 そのために必要とされる他の要素、例えば特定秘密保護法や、安全保障関連法は、既に制定され準備されている。これらは連動していると考えていい。


室蘭工業大准教授の清末愛砂さん
室蘭工業大准教授の清末愛砂さん

経済政策と24条
 ナショナリズムと日本経済の復興という観点から家族主義を見てみましょう。家族主義の導入によって24条を変えようとしている背景には見えにくいものがある。

 それは、新自由主義における経済政策、すなわちアベノミクスとの関係です。家族の助け合いは、同時に推進される。その中で何が起きるのか。家族の助け合い、家族主義、アベノミクス。これらに共通するキーワードは「介入」です。もう少し言葉を足せば「介入をやめる」ということ。

 新自由主義的経済は、政府による市場への介入をやめるということが大きなポイントです。

 経済活動への規制をやめることによって暴利を生むことを目指す経済のやり方です。これが家族主義とどうつながるのか。

 社会保障の観点から見ると、政府が担わなければいけない社会保障といった公的なサービスを家族に肩代わりさせるということです。

 本来は政府が手を入れなければいけないはずのところ、手を引くことで福祉を切り捨てるという手段です。その手段として家族主義が用いられつつある。

 日本の場合、世界的に見ても少子高齢化が進んでいる国家ですが、それに伴い、介護関連ビジネスが乱立し、劣悪な労働現場がある。

 それを放置して、家族主義なるものが推進されればされるほど、実のところ、家族の間で介護や育児を抱え込まざるを得なくなる。

 ところが抱え込み続けることは非常に難しい。そうなると、さまざまなレベルで民間の介護ビジネスに頼らざるを得なくなる。

 (政府が社会保障を削りつつ、同時に)家族主義が進めば、介護ビジネスは利益を手にすることができる。新自由主義と家族主義の結びつきの一つがここにあり、注意が必要だと思っています。

24条と家族、そして地域

【NPO法人しんぐるまざあず・ふぉーらむ 赤石千衣子さん】


赤石千衣子さん
赤石千衣子さん

 私はシングルマザーの支援をしています。社会福祉の分野でいま何が起きているか。例えば、2000年に動きだした介護保険。1990年代にできて、そのときには「介護を社会化する」という話でした。

 ところが、どんどん家族頼みになってきている。要支援のところはほとんど公的な介護は介入できなくなっている。特別養護老人ホームに入れるのは要介護3以上。2割負担になる方も収入制限がどんどん引き下げられています。

 これから家族の介護をどうするのか。家族で担わなければならない状況になってきている。女性の運動も声が弱まっている。「地域支援事業」というと、どこか美しい感じがするが、その地域は壊れている。負担してもらうと言われても困る。

 一方で「子ども食堂」などといって、地域を活性化しましょうといった動きが美しく取り上げられている。ですがこれは全くいいことではない。地域が機能しなくなっていることを意味しています。

 シングルマザーの場合には「家族」というものから既に外れている。勝手に離婚した人になぜ社会保障を出すのか、という論理がいつもつきまとっています。

 「非常にかわいそうな人たちがいるんですよ。この子どもたちは悲惨な目にあっている。だから、何とか救ってください」と願い出てようやく2015年に児童扶養手当を2人目でたった5千円をいただくことができた。誰が見ても5千円では意味が無いよね、というところですが、それでも狙いを絞って実現しました。

 ですが問題は、この「かわいそう」論でしか社会保障の充実ができない、ということ。

 おかしくなっている。他にも例えば、親族と一緒に住んでいると、その人の所得制限で児童扶養手当が受けられないとか、生活保護の扶養義務者の義務を強化するとか。障害のある方の装具の利用料金も家族の収入によって規制されている。


赤石千衣子さん
赤石千衣子さん

 「個人の尊厳」をうたう憲法24条の精神というのものは、憲法24条的なものと、一方で「家族丸抱えでやってください」というものとの、せめぎ合いの中で実現してきました。

 その中で自民党憲法改正草案が出ている。24条が改正されなくてもこの動きというのはずっと進み続けるのではないか、というのが私の感覚です。

 だが明文改憲されてしまってはどうにもならなくなります。

ベクトルが逆


【24条キャンペーン実行委員会委員 弁護士 打越さく良さん】


打越さく良さん
打越さく良さん

 改憲したい人たちの中には家族の解体が24条のせいだという見解があるが、逆だ。一人一人が平等であるとか、個人に尊厳があるということが根付いていない、24条が全く徹底されいないのだと、声を大にして言いたい。

 自民党改憲草案の24条をすらっと読むと、「家族の尊重」はいいのではないか、と思ってしまう。でも、よく読み込むと、家族の多様性を認めたり、その中で個人が生き生きと生活できるようしたり、といったことを国が支えるのではなく、個人が家族という単位を尊重しろと言っている。ベクトルが逆だ。

 婚姻が成立するための現憲法の「両性の合意のみ」について、自民草案は「のみ」が除外されている。当事者が結婚したいね、と合意しても、家族の他の人がだめだと言うことができるようになりかねない。「のみ」を削る背景には選択的夫婦別姓を阻止したいという意図も感じられる。

根付かぬ「平等」
 夫婦別姓違憲訴訟の弁護団を担当しました。別姓について話題は「もしかして、あなたフェミニストなの」「俺のこと好きじゃないの」とか言われてしまうのではないかと、遠慮してしまう(風潮がある)。


打越さく良さん
打越さく良さん

 だけど、婚姻で氏を変えたら、自分が自分ではなくなってしまうかもしれないと悩んだり、鬱(うつ)になったりする人もいる。そういう人のことを考えて、どうしたら違憲だと訴えられるだろうかと取り組んだ。

 最近、通称使用ができるようになったと、キラキラ報じられているのを忸怩(じくじ)たる思いで見ている。選択的夫婦別姓が実現できないがために通称使用がもてはやされているのが現実。その通称使用も女性がほぼ100%がやっています。

 根本的な不平等から目が背けられているのではないか。24条を守る運動を展開していきたい。

「平成版産めよ増やせよ」か

【フリーライター 大橋由香子さん】


大橋由香子さん
大橋由香子さん


 産むか産まないかは個々人が決める。特に産むということは女性が決める。そうした活動を展開してきました。24条と「産む」「産まない」がどう結びつくのか。

 結婚しなくても妊娠・出産はできる。ただ一応、結婚して子どもは生まれるということを前提に法律が作られている。

 そうした中で、日本のいまの少子化対策について、「平成版産めよ増やせよ」ということについて、ためらいがある。10年前くらいは、いくら政府でもそんな露骨なことはしないだろう。戦後70年もたって、まさかそんなことはしないだろう。もう少し洗練された形でやっていくのではないか、と思ってきた。ところが安倍政権になってからかなりひどく、時代錯誤が起きていると感じる。

 24条について言いたいことは二つ。

 一つは「両性の合意のみ」で婚姻できるということ。だが産む産まないは、刑法の堕胎罪がそのままある。にもかかわらず、合法的に中絶が受けられるのは1948年にできた優生保護法(現・母体保護法)によるもの。つまり原則的には中絶は禁止されていて、私たち女性は中絶したら罰せられる。

 妊娠するには男性が必要であるにもかかわらず、男性は全く罪を問われない。女性だけが罰せられるという法律がいまでもある。

 ところが、優生保護法で例外的に許可されているという法律構造です。そしてこの優生保護法の目的の一つには「不良な子孫の出生を防止する」が入っていた。

 つまりせんだっての相模原市の事件の容疑者が考えていたようなことが、1996年まで存在していた。それが優生保護法なのです。優生保護法というのは戦後、民主主義と男女平等が憲法でうたわれた後、1948年にできている。

 なんと知的障害と診断されたがために16歳の人が何も知らされないままに、強制的な不妊手術がされている。その方はいま70歳になって国に誤ってほしい、補償してほしいということを訴えています。

 ハンセン病の問題でも同じ。戦後の民主主義の中で、特に女性の人権、産むこと、産まないこと、セックスにまつわることについては全く民主主義が実現していない。

 もう一つ言いたいのは、少子化。少子化対策なら何をやってもいいようなことになっているが、「もちろん個人の決めることです」と政府も自治体も言っている。ところが一方で、「なるべく早く妊娠して出産してほしい」と誘導する政策が行われています。


大橋由香子さん
大橋由香子さん

 例えば、文科省が高校1年生の保健体育の副教材に「22歳が妊娠しやすいピークです」というグラフを載せました。ところがこのグラフの出典を探すと、全然根拠のないもので、もっと緩やかなグラフでした。

 そもそも妊娠について科学的にそうしたデータはない。同じ副教材には、「子どもとは何か」という記述に「希望」「生きがい」という人が多いというグラフがありました。だがよく調べると、あくまでも子どもがいる人による回答だった。そのように「子どもは良いものだ」という印象を根付かせようとしている。

 高校1年生の教材に「みなさんのライフコースを書いてみよう」という欄がある。女性は、結婚して出産して仕事もする。つまり一億総活躍に基づく副教材になっている。

 産むか、産まないかは、当事者が決めるということは、24条があっても実現してない。さらに改正されてしまえば、より怖いことが起きかねないと危惧している。

24条と女性に対する暴力

【お茶のみ女子大名誉教授 戒能民江さん】


戒能民江さん
戒能民江さん

 24条と女性に対する暴力についてお話します。

 (配偶者の暴力などから被害者を守る)DV防止法ができて15年が立ちましたが、(相談件数は)年間10万件を超えています。実は憲法改正論者は、このDV法を以前から目の敵にしてきました。

 「DV法被害者の会」という団体があります。「DV被害者の会」ではありません。彼らは、諦めない。展開し、発展している。そしてとうとう法律案まで作った。そこでの認識というのは、DVはとんでもない男がいて怒りを爆発させるなどといった例外的現象であるというもの。現在の社会のありようであるとか、差別の問題として捉えるのは大きな間違いだと、言っています。


戒能民江さん
戒能民江さん

 いま議論されている「親子断絶法案」をご存じでしょうか。親子ネットという父親、母親で構成する民間の団体があります。

 父母は子どもと一緒にいたいんだ、お父さんの願いが聞き入れられないのはおかしいということで議員が法案を作っています。

 多くの人がいいことではないかと思っている。議員の間でもきちんと理解されていない。メディアの取り上げ方もちょっと違う。

 条文は理念を掲げた法律のように見えるが、付則があり、そこにやりたいことが書かれている。一方的な子連れ別居をなんとか食い止めたいという狙いです。

 多くの当事者の方々が、力を注いで作り上げたDV防止法の無化につながりかねないと懸念しています。反暴力である24条と直接結びつく話であり、私なりにがんばっていきたい思っています。

天皇制と24条


【女性と天皇制研究会 桜井大子さん】


桜井大子さん
桜井大子さん

 私はこれまで天皇制の問題を指摘してきました。この観点から24条問題についてお話します。

 8月8日のビデオメッセージ。メッセージの冒頭近くで、天皇はこう言っている。「伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、さらに日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かしいきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています」

 天皇が自らを「伝統の継承者」と言っていたがこの「伝統」とは何であろうか。

 私の推測ですが、この伝統とは連綿と続いてきた天皇そのものであり付随する「皇室祭祀」なのではないか。つまり伝統の継承とは天皇の座を守り継承していくことにある。この推測に基づくと発言はとてもトリッキーで政治的イデオロギーが忍び込めると思われます。

 天皇の存在が伝統であるとすれば、万世一系の神話、天皇一家に残っている家父長制的家制度もまた伝統ということになる。これは伝統主義的右翼や日本会議の方々が言っていることであり、安倍首相もまた同じことを言っている。

 この国は家族国家と呼ばれてきた。簡単に言うと、家族を構成する家が国家を構成する最小単位。家は地域社会共同体のためにある。その地域社会共同体は国家のためにある。その中で個人は、家のためであるともに、まっすぐ上にいって国家のためにあるということ。

 個人の尊厳という概念はそのときにはなかった。当時は家父長制的家制度が国家を支えていた。その国家という家の長に立つのが天皇であった。

 この制度や価値観は敗戦後否定された。それから70年たちまた復活してくるとは思いたくもないし、そんなに簡単に復活するとは思えない。だが、8月8日の天皇のメッセージや24条の問題を踏まえると、嫌な雰囲気が漂っている。


桜井大子さん
桜井大子さん

戦前型の家族観
 問題の自民党憲法改正草案ですが、その第1項は新たに付け加えられている。

 「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」

 これは家族が尊重され、家族は社会の単位として見なされるということ。戦前型の家族国家論が思い起こされるわけです。

 次に、前文に触れます。

 「日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴(いただ)く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される」

 先ほどの天皇メッセージと合わせて読めば、世襲制の家父長制的な家制度に貫かれた伝統と、神道文化の継承者である天皇をいただく国家、と読める。本当に嫌な時代がやってきている。

 もちろん戦前と同じ制度にはならない。だが、この社会には家制度や家父長制を認めていく土壌がある。家父長制的な家制度を残す天皇をこの国と、国民統合の象徴としていること。その天皇制を受け入れ、信奉する社会が現実にあるわけです。

 天皇はリベラルで、安倍政権とは対立的であるという見方があるが、いまの話からすれば、対立的というよりは親和的であると言えます。

同性婚容認と「改憲」の欺瞞


【NPO法人レインボーアクション代表理事 藤田裕喜さん】


藤田裕喜さん
藤田裕喜さん

 「セクシュアルマイノリティーと政治」について考えたとき最近、大変注目すべき動きがありました。

 自民党が5月に「性的指向・性自認の多様なあり方を受容する社会を目指すためのわが党の基本的な考え方」という提言を発表した。議員立法を含め、自民党としても取り組むという。

 ここで注目すべきは「同性婚」についてです。現行憲法は婚姻は「両性の合意」となっていますが、もちろん「同性婚」の可能性は排除していません。

政治利用に危機
 ここで気をつけなければならないのは「同性婚」を実現するために「憲法を改正しなければならない」という人たちがいるという点です。同性カップルの人の中にも、同性婚を実現するためには「明文で憲法を改正する必要がある」という人たちがいる。

 どういう分野でも、良くも悪くも、当事者の声は政策、政治を正当化するための手段として利用される。

 私はここに大変強い危惧を感じています。

 なぜか。稲田さんがLGBT(同性愛や性同一性障害など性的少数者)に興味を示し、利用しようとしている動きがあるからです。

 2015年12月にハフィントンポストというニュースサイトに稲田さんが「LGBT すべての人にチャンスが与えられる社会を」という文章を寄稿しました。今年5月には(LGBTへの差別や偏見をなくそうという趣旨の)東京レインボープライドというパレードに稲田さんは訪れ、寄付したり写真を撮ったりしていた。こうした行動に賛否がある。

 かねて稲田さんという人は家父長制や伝統的な家族が大好きで、同性婚や性同一性障害を認めてこなかった人です。この変節ぶりは、にわかに信じがたい。(改憲の足がかりに)利用しようとしている動きに注意しなければならない。

本質的解決と無関係
 セクシュアルマイノリティーあるいはLGBTについて、その権利の拡大に異議を唱えることは、基本的に難しい状況がある。

 私自身は結婚制度や戸籍制度それ自体に反対しているので、同性婚にも反対しますが、皆さんはどうでしょう。分断を迫るわけではありません。

 ですが、これは「壮大な罠(わな)」です。LGBTの人たちが生きやすい社会になればいいよねと、安易に同性婚のためにと、憲法改正に賛成すると、(他の条項にも手が付けられ)取り返しのつかないことになりかねない。

 セクシュアルマイノリティーを取り巻く課題は、同性婚容認がゴールでもスタートでもない。いじめ、嫌がらせ、偏見、誤解に対してやるべきことが他にもたくさんある。同性婚が実現したからといってこれらの課題が解決するとは到底思えません。

改憲テーマとして急浮上か

【上智大学教授(政治学) 三浦まりさん】


三浦まりさん
三浦まりさん

 24条改正はかなり高い確率で案件として上がってくるのではないかと思っている。

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