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時代の正体〈403〉24条の危機(3)「差別は痛み」届かず

社会 | 神奈川新聞 | 2016年10月6日(木) 17:50

北原みのりさん
北原みのりさん

【時代の正体取材班=田崎 基】家族や婚姻について定めた憲法24条。その改正の動きをけん制しようと動きだしたキャンペーン。9月2日に都内で開かれたキックオフシンポジウムでは、憲法学者で首都大学東京教授の木村草太さんと、作家の北原みのりさんが対談した。

 北原 私は2年前に、ある事件に巻き込まれ、逮捕された経験があり、法律というものに対して、ものすごい不信感と怖さ、嫌悪を感じています。誰が解釈するのか、誰か運用するのかによって、人の人生を中断させるようなことが起きる。

 法律に対しては不信感が強いわけですが、では憲法はどうでしょうか。13条(幸福追求権)や、14条(法の下の平等)は、最後の砦(とりで)として人権を守るものだと思っています。

 そうした中で、自民党の憲法改正草案をみると、人権が無視されたり、人権が減らされたりするような内容の草案になっている。非常に恐怖を感じます。

 憲法というものは、国家権力に守らせるものです。そうした状況の中で自民党草案が実現してしまうと、一体どうなるのか、心配な人もいると思う。憲法は差別を禁止し、平等を重んじているものだと思っています。

 ところが(夫婦別姓を認めない民法750条は違憲かどうかを問う)「夫婦別姓訴訟」では、女性差別を訴えたから負けたんだ、と木村草太さんから説明があった。そこは詳しくお聞きしたい。

 というのも、女性差別は女性の痛みであり、困っている人がいるということです。そこに憲法が届かないとしたら問題ではないでしょうか。

 実際に最高裁で判決を下した裁判官のうち3人は女性で、その人たちは全員、違憲だと判断しました。裁判におけるジェンダー(社会的、文化的につくられる性差)や、裁判官が男性であること、憲法を運用する側のジェンダー論というものが判決に反映されていたのではないか。つまり差別を認める判決なのではないかと、私は感じている。


木村草太さん
木村草太さん

日和見の違憲判決


 木村 3人の女性の裁判官の判決というのは、極めてくずな判決でした。あれはどう判決で言っていたかというと、「(夫婦の氏を定めた750条は)昔は良かったけど、今はだめ」と説明している。働く女性が増えたから最近になって民法750条が違憲になったと説明しているわけですが、そんなはずはない。

 違憲であるなら、元から違憲だったはずです。最近の状況になったからといって何を日和(ひよ)っているのか。あの3人の女性の裁判官の判決というのはまったく欺瞞(ぎまん)的であって、それをありがたがるということ自体が、よろしくない。

 北原 では(民法750条を)合憲だと判断した裁判官の方が理性的に憲法を読んだということか。私は合憲と判断した裁判官のジェンダーや、立場が出たんだと思うが。

 木村 最高裁に対してどういったインプット(原告の主張)があったのかということが問題。実は訴訟では、女性差別が問題にされていません。原告団は「男性と女性が不合理に区別されている」という主張をした。

 「差別」ではなく、「区別」があり、そこに不合理があるという主張だったのです。ところが「区別はそもそもないでしょう」と言われてしまう。なぜなら条文では「男の側が氏を変えてもいい」と規定されているわけです。

 ですから、区別はそもそもない。不合理かどうかという以前に「区別そのものがない」と最高裁は言っているわけです。

 ポイントは、最高裁や裁判所の場は、「かわいそうな人がいるから訴訟で勝てる」ということにならないということ。きちんと法律論に乗せたときに勝てる、ということです。


木村草太さん
木村草太さん

 北原 憲法自体に、「不合理な区別」と「合理的な区別」というのがあり、言ってみれば「合理的な差別」が許されるということか。

 木村 「平等権」と「差別されない権利」というのは、実はちょっと違う権利なのです。平等権というのは、区別があったとき、不合理だからそれを解消してくれと請求できる権利。

 一方、「差別されない権利」というのは、人間の類型、つまり「女性」や「人種」といったものに向けられた差別感情や蔑視感情のようなものに基づく措置がここにはあるから、それを解消してくれという権利です。

 北原 私は憲法学者と話が合わないわ。だって、差別というのは、されている側、つまりこの場合「女」ですが、差別されている側からすると、行為というよりも、構造に組み込まれてしまっていて、空気のようなものであったり、まなざしであったりする。

 差別そのものが構造化されている。それを言語化することは非常に難しい。ですから、今回の夫婦別姓訴訟では女性が強いられている圧迫感のようなものが、憲法で「差別」として認定されないと、ちょっと何でよ、どうしてよ、と思ってしまう。

 木村 いや、ですから「差別だ」という主張を原告がしていないんですよ。

 北原 してない? してますよね?

 木村 原告は「区別が不合理だ」と主張しているわけです。不合理だというのは男女の間に区別があり、それが正当な目的を達成するための区別ではない、という主張をしているわけです。その背景に差別感情があることを問題にする形にもなっていません。

 「差別がある」という点についてもう一つ別の問題もあります。最高裁は「平等権に、差別されない権利は干渉する」と言っています。要するに、差別があっても「差別されない権利というのは憲法で保障されていない」というのが最高裁の考えなのです。

 北原 でも「差別されない」って憲法14条に書いてあるじゃないですか。

 木村 書いてあるんだけど、これは要するに平等権と同じものですよ、と解釈している。結果として「差別だ」という主張は書面に書いても取り上げられない、という風になっている。それは原告の人が悪いのではなくて、裁判所がそうしている。

 北原 解釈は時代によって変えられるわけですよね。

 木村 ですから(解釈を)変えろ、と私は言っているわけです。2008年の論文で書いているわけですが、私一人が言っても最高裁判決がひっくり返るほど甘くはない。


憲法24条について語り合う作家の北原みのりさん(左)と憲法学者の木村草太さん
憲法24条について語り合う作家の北原みのりさん(左)と憲法学者の木村草太さん

 自民草案「意味ない」


 北原 先ほど24条の自民党改憲草案について反対でも賛成でもない立場だとおっしゃっていましたが、自民党草案についてどう思いますか。

 木村 言及の価値がないもの。

 北原 価値がないというのは、相手をするほどのこともない、ということでしょうか。


北原みのりさん
北原みのりさん

 木村 そういうものをちゃんと相手にすることも大切です。だめなものを、だめだと言い続けることは大事。試みの意義について全く否定するつもりはありませんけれど。

 北原 家族を大事にしましょうとか、そういったことをまじめに取り上げていくこと。24条が変わったらどうなるんだろう、怖いなと思う人は少なくない。相手にするな、というのはもう無理です。

 木村 24条を改正する提案は言及の価値がない、相手にするほどのレベルの価値がない。こんなものは問題外ということです。

 北原 それ言ったら、自民党の草案は全部そうじゃないですか?

 木村 自民党の名誉のために言いますが、あの草案はほぼ全文が意味のないものです。現行憲法はしっかりと定着していて、親の同意がなくても婚姻届を出せば受理してくれるわけです。それが当たり前なので、24条の価値が見えにくくなっているとは思います。

 北原 一度、私は(警察に)拘束されたことがありました。身体の拘束、精神の拘束がこれほどまでにきついものだとということを思い知られた。そのとき思ったのは、24条の意味とは「女の拘束」なのだということです。

 自民党改正草案にあるように、「両性の合意のみ」の「のみ」が外れるがどれだけ怖いことか。「のみ」があるからこそ、いま私は結婚しないでいられる。結婚しない私にも関係がある憲法条文だと思う。すごくありがたく感じる。

 なぜ「のみ」を自民党草案は外しているのか。やはり意図を感じる。女性差別の空気をそこに感じ、そして許せなくなる。


木村草太さん
木村草太さん

 木村 24条の改正案については草案が出たときからずっとたたかれている。改正草案が2012年に出され、4回の国政選挙があった。選挙のたびに批判されきた。ですが、自民党の幹部に24条について聞くと「たいした意味はないんです」「自分も反対する」などと言う。

 だが絶対に引っ込めない。メディアの怠慢もある。なぜ撤回されないのか。自民党議員が公の場に出るたびに聞くようにするべきではないか。これからもチクチクやり続けるのがいいと思う。

 北原 そうは言っていても自民党は選挙で勝つわけじゃないですか。だから、闘わなきゃいけない。

背景に価値の問題


 北原 先ほどの差別の話ですが、何が差別か

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