2004年8月、沖縄国際大学(沖縄県宜野湾市)に、隣接する米軍普天間飛行場を離陸した大型輸送ヘリが墜落、炎上した。焼け焦げる校舎、現場を封鎖する米軍、遠巻きにしかできない沖縄県民-。同県うるま市の上間義盛さん(74)は半世紀ほど前の“事件”の記憶と重ね合わせ、拳を握った。「沖縄は、この国は、何も変わっていない」
1959年6月、地元の宮森小学校(同市)に米軍機が墜落し、児童12人(うち後遺症1人)を含む18人が犠牲となった。校庭のブランコで遊んでいた弟の芳武さん=当時(9)=が爆風で吹き飛ばされ、命を落とした。
「宝物を失った。家族から明るさが消えた」