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能力主義の陰で〈下〉
優劣の葛藤、周囲からのレッテル…「生きづらさ」の先

社会 | 神奈川新聞 | 2019年9月4日(水) 14:00

 障害を乗り越えた「超人」とたたえられるパラアスリートたちも、勝敗が明確に決する能力至上の世界で、悩み、苦しんでいた。津久井やまゆり園19人殺害事件があぶり出した、逃れられない能力主義と、わたしたちはどうつき合っていけばいいのだろう。「障害者」と「アスリート」の両方に帰属し、「生きづらさ」と向き合うパラアスリートに学びたい。(川島 秀宜)


2020年東京オリ・パラ招致を祝い、13年に旧国立競技場の聖火台に灯火された
2020年東京オリ・パラ招致を祝い、13年に旧国立競技場の聖火台に灯火された

能力主義の陰で〈上〉パラリンピックが格差助長?
能力主義の陰で〈中〉障害は「言い訳」か 克服求める熱狂、陰で傷つく人たち

 「水の女王」は、横浜市のスイミングスクールで黙々と練習に打ち込んでいた。パラ競泳の成田真由美選手(49)。9月の世界選手権と来年3月の選考会に、東京パラリンピック出場が懸かる。

 1996年のアトランタから、シドニー、アテネの連続3大会で、15個の「金」を含むメダル20個を獲得し、いつしかその称号が定着した。困難を乗り越える成田選手の「意志の力」は、安倍晋三首相の2013年の所信表明演説で、たびたび言及された。


成田真由美選手は2008年の北京大会以降、メダルから遠ざかっている。「水の女王」の称号は「過去のもの」と言う
成田真由美選手は2008年の北京大会以降、メダルから遠ざかっている。「水の女王」の称号は「過去のもの」と言う

 13歳で脊髄炎を発症して下半身がまひし、車いす生活になった。脚が勝手に震える症状が練習中に表れると、中断してコーチが制止させる。交通事故による頸椎(けいつい)の損傷で左手もまひし、後遺症で体温調整がうまくできないという。激しい練習で体温が上がるたび、バケツに張った冷水で首筋を冷やさなければならない。

 練習は「楽しくない。苦しいですよ」と明かした。ゴーグルに涙がたまるほどだ。「でも、楽しかったら競技者じゃなくなっちゃう」

「弱者」と「強者」 共存するレッテル

 「できないことがある弱者」と「身体機能を高めた強者」。「障害者」と「アスリート」に帰属するパラアスリートは、周囲からの矛盾する印象が共存していると、日本パラ陸上競技連盟副理事長の花岡伸和さん(43)は考える。「健常者から勝手に張られるレッテルに、生きづらさを感じてしまうんです」


花岡伸和さんは高校時代にバイク事故で脊髄を損傷し、入院生活中に車いすマラソンに出会った
花岡伸和さんは高校時代にバイク事故で脊髄を損傷し、入院生活中に車いすマラソンに出会った

 花岡さんは車いすマラソンでアテネ(04年)、ロンドン大会(12年)に出場し、最高5位に入った。強くなければ、期待に応えなければ――。パラリンピックが注目されるようになると、現役当時、そうした重圧に苦しめられるようになる。自律神経を乱し、胃腸炎になった。ただ、世界と戦うトップとして「しんどければ、しんどいほどいい」と気にとめなかった。

 引退して指導者に転じ、同じように不調に陥る選手を目の当たりにしてから、客観的にその深刻さに気づいた。「アスリートは超人ではない」とも。「言ってみれば、自分は超がんばってきた凡人ですよ」。障害は乗り越える対象ではない、という。「つき合っていくものです」


花岡さんはヘレン・ケラーが残した「障害は不便だが、不幸ではない」との言葉に共感する
花岡さんはヘレン・ケラーが残した「障害は不便だが、不幸ではない」との言葉に共感する

受け入れる、できないこと

 海外のパラアスリートも、苦悩はさまざまだ。「パラリンピックの平等は一般の障害者の平等とかけ離れている」(英国の元陸上選手)、「『悲劇の障害者』像が利用されている」(カナダの元女子バスケットボール選手)、「競技パフォーマンスのみが強調されている」(カナダの元陸上選手)といったように。

 近年の障害者福祉は、克服すべき障壁が「個人でなく社会にある」とする観念に基づく。一方、アスリートの美学は克己心に支えられている。「だから、パラスポーツはややこしい」と、右腕の成長が難病の治療で止まったパラ陸上の芦田創選手(25)は明かす。

 「願っても右腕は戻らない。できないことはありのまま受け入れる。でも、障害を事実以上の意味にしてはいけない。そこから可能性を伸ばすんです」。アスリートとして、障害に向き合い続けた芦田選手の結論だった。


芦田創選手は「肩関節に障害はない。右手以外を言い訳にすれば心にストップをかけてしまう。それは副次的な障害」と語る
芦田創選手は「肩関節に障害はない。右手以外を言い訳にすれば心にストップをかけてしまう。それは副次的な障害」と語る

「強さ」の対極も 照らす多様性

 「世界で一番を決めるだけだったら、オリンピックだけで十分。成果至上のパラリンピックなら、やる意味がない」。花岡さんは、パラ固有の価値を発揮してこそ、オリ・パラ一体運営の真価を見いだせると信じている。

 例えば「生きづらさのコーピング(対処法)」を提案する。「パラアスリートは障害によるストレスにうまく対応している。その方法を一般化できたら、障害者の生き方が健常者の生きる手引きになり得る」

 東京大先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授(42)=当事者研究=は「能力主義が先鋭化する熱狂の渦中だからこそ、わたしたちはあえて、強さの対極を見つめるべきではないだろうか」と問う。


熊谷晋一郎准教授は「やまゆり園事件後を生きるわたしたちは否定しきれない能力主義とうまくつき合っていかなければいけない」と指摘する
熊谷晋一郎准教授は「やまゆり園事件後を生きるわたしたちは否定しきれない能力主義とうまくつき合っていかなければいけない」と指摘する

 パラリンピックの聖火の起点は、ギリシャに限定されたオリンピックのようなしきたりはない。東京大会は、発祥地の英ストーク・マンデビルと47都道府県で採火される演出が決まった。聖火リレーの理念は「Share Your Light(あなたは、きっと、誰かの光だ。)」。多様性を照らす。

 〈おわり〉

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