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厚木基地物語
過密地の軍事基地(6)住民の声と在日米軍再編

社会 | 神奈川新聞 | 2019年8月16日(金) 17:42

航空機騒音被害の違法性を認めた第3次厚木騒音訴訟の控訴審判決に喜ぶ原告団=2006年7月、東京高裁前
航空機騒音被害の違法性を認めた第3次厚木騒音訴訟の控訴審判決に喜ぶ原告団=2006年7月、東京高裁前

 「爆音の 違法承知で なお爆音 これが法治の 国の業(わざ)かや」

 1997年12月8日。横浜地裁前で、第3次厚木騒音訴訟原告団長の真屋求が、提訴への思いを込めた歌を詠み上げた。

 厚木基地の航空機騒音に抗議するために、地元住民が「厚木基地爆音防止期成同盟(厚木爆同)」を結成したのは、1960年。配備されていた飛行機は徐々に大型化し、騒音問題が深刻になっていく。70年代には基地に海上自衛隊が移駐。米空母艦載機の拠点にもなっていく。

 安全保障政策を反映する形で変わっていった基地の機能に、基地周辺の都市政策が追いつかない。騒音被害の深刻化は、その結果でもあった。

 厚木爆同を中心とした住民は、飛行機の飛行差し止めと騒音被害への損害賠償を求め、1976年9月に第1次訴訟、84年10月にも第2次訴訟を起こす。いずれも「騒音は受忍限度を超えており違法」と認定、国に原告への賠償を命じた司法判断が確定した。


周辺が過密化している厚木基地
周辺が過密化している厚木基地

 だが、航空機の飛行差し止め請求はいずれも認められていない。第3次訴訟で原告側は、あえて請求内容から飛行差し止めを外して損害賠償に争点を絞り、数千人に上る原告団で国に迫った。「確定した判決に基づく請求であり、迅速な判断を期待したい」(原告弁護団)との狙いだった。

 硫黄島でのFCLP実施が1989年1月に日米で合意されて以来、厚木の米軍機騒音問題は軽減されたかに思えた。だが2000年9月、米軍はFCLPの全日程を厚木で実施。基地周辺には昼夜を分かたず、激しい騒音が降り注ぐ。騒音解消への対策が、なお米軍側の運用次第で左右される現実を、地元に突き付けられた形だった。

 その2カ月後、ある文書が米国防総省内で取りまとめられた。タイトルは、「日米二国間協議」。機密扱いだ。

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