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体罰の呪縛
「昔の自分は未熟で臆病だった」 指導者の後悔

社会 | 神奈川新聞 | 2019年7月24日(水) 10:00

「鉄拳」振るう指導者

 1月20日、横浜市内のホテルの入り口は受け付けの順番を待つスーツ姿の男性でごった返していた。

 深紅のじゅうたんの両脇を豪華な祝いの花が埋める。王貞治さん、原辰徳さんらプロ野球界の往年のスター、アマチュア球界の著名な指導者たちが一堂に会す中、丸刈りの男性が大柄な体躯を揺らし、闊歩する。

 最敬礼で迎えられた主役は、横浜商科大学(横浜市緑区)野球部監督(当時)の佐々木正雄さん(70)。指揮官退任をねぎらうため、親交のある約1200人が集った。

 壇上の日本学生野球協会の関係者があいさつし、会場の笑いを誘う。「昨今、スポーツ界でもパワハラが問題視されています。佐々木監督のことは正直、心配でした」

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「鉄拳」を語る横浜商科大学・佐々木前監督
「鉄拳」を語る横浜商科大学・佐々木前監督

 1984年から指揮し、手を上げることも辞さない指導法を貫くこと35年。プロ野球界を始め、社会人の名門チームにも多くの人材を輩出した。

 自身の高校時代、野球部で受けた暴力が「鉄拳」を辞さない価値観を根付かせた。グラウンドに出ると、訳も分からぬまま先輩たちに怒鳴られ、殴られた。後に地面に置いたボールやバットをまたいだことが理由だと知った。

 「俺たちの時代は殴られても、誰も理由を教えてはくれなかった。自分で考え、答えを見つけて学ぶ。自分を作り上げる第一歩だった」と振り返る。

 「『体罰』は能力のない指導者が感情に任せてやるもの」と断じる一方、指導者として自身が振るってきた「鉄拳」は、それとは一線を画し、「自らも体験し、冷静さを保てる者だけが行う資格を持つ」が持論。使うのは平手に限った。それはしかし、どれほど言葉を重ねても現在は「体罰」と捉えられる行為だ。

 佐々木さんにとっての「鉄拳」は物事の善しあしを伝えるため、選手を思っての行為だった。ただ、本音を言えば葛藤があった。「手を上げた日は正直、なかなか寝付けない。彼らがどんな思いでいるかと気になった」

 もし同じ思いを抱く指導者がいれば、私はとるべき行動は一つだと伝えたい。振り上げた拳は誰にも向けることなく静かに下ろすべきだ、と。

価値観を変えた葛藤

 佐々木さんと同じような葛藤を胸に、選手との接し方を見直した指導者もいる。光明相模原高校(相模原市南区)女子ソフトボール部の利根川勇監督(72)だ。

 10年ほど前までは日本一だけを目指し、グラウンドで選手が白い歯をこぼすことなど許さなかった。いまは一転、「明るく、元気に、楽しく」をモットーに、成績にとらわれない。のびのびとプレーする選手たちが笑みをたたえ、自身も目尻を下げる。


笑顔の選手に目尻を下げる光明相模原高校・利根川監督
笑顔の選手に目尻を下げる光明相模原高校・利根川監督

 「これが自分のありのままの姿。昔の自分は未熟で臆病だった」。全国大会で公立校を12度の優勝に導いた栄光にすがらず、むしろ後悔の念を抱いている。

 1974年に赴任した平塚商業高校(平塚市)で女子ソフトボール部の監督を任された。前年に全国大会に出場し「学校の期待が大きく、強い使命感を抱いた」。この重圧が「厳しい指導」につながった。

 部員わずか6人でスタート。「1年かかるものを半年で仕上げようとした」。全員で回すノックは100本連続で成功するまで終わらない。ミスをすればダッシュを課してやり直す。休憩無しで5時間かけ、夜明けまで打ち込んだ日もあった。次第に身をていして打球を止めるようになり、達成すると歓喜とともに一体感を強める。「これだ」と手応えをつかみ、厳しさをエスカレートさせた。

 「利根川がいれば勝つ」。周囲の称賛とは裏腹に心中は穏やかでなく、「毎日、朝が来るのが怖かった」。部員が5人一斉に辞めた日もあった。明日のグラウンドには誰もいないのではないか―。翌朝、彼女たちの姿を見ては「今日は大丈夫」と胸をなで下ろした。

 2009年から名門、日本体育大学(東京都世田谷区)女子ソフトボール部の監督を任され、転機を迎える。高校の指導者に鍛えられた60人の選手たちの胸の内には、それぞれの「心酔する恩師」が刻まれていた。「選手を否定することは彼女たちが崇拝している人をけなすこと。つまりは選手の人格を否定することになる」との考えに至った。

 光明相模原高ではいま、「結果を出す」という重圧からは解放されている。「自分たちの最高のプレーができればいい」。退部者はもういない。体育の授業でソフトボールの楽しさを知った未経験者も入部した。

 かつての教え子に会えば「あの時は申し訳なかった」と頭を下げる。「時代が変わっても選手の本質は変わらない。やりたいことに打ち込む姿勢は同じ」

風を読む若き監督

 「子どもたちとの接し方は時代とともに変化すべきもの」

 多くのプロ野球選手を輩出する横浜高校(横浜市金沢区)野球部を15年秋から率いる平田徹監督(36)は、自身の現役時代の練習とは異なる指導方法で選手たちと向き合う。


選手との対話を重ねる横浜高校・平田監督
選手との対話を重ねる横浜高校・平田監督

 「解決策を考えて」「それ面白いね。ただ俺はこう思うよ」。壁にぶつかった選手たちに発想を促す。飛距離が伸び悩んでいた打球が初めて外野の柵を越えたり、自身の工夫でミスが減ったり。自己決定と成功体験の繰り返しから「やる気」と「楽しさ」を引き出す。時に選手を監督室に呼び、1対1で話し合う。細やかな気配りに「周囲からは大変だろうと言われるけど、実はこの方が楽。今の子どもたちは、向き合えば『自分を認めてくれた』と心を開いてくれる」

 積年の思いが平田さんを突き動かす。「指導法に変革を起こしたい」

 春夏合わせて5度の甲子園優勝を誇る強豪に育て上げた名将・渡辺元智監督と名伯楽・小倉清一郎部長。2人から高校時代に厳しい指導を受け、大学卒業後の06年にコーチに就任した。

 年齢の近い選手たちから「兄貴分」として慕われる一方、葛藤も味わった。上達させたい指導者たちと上達したい選手たち。恩師2人の熱が帯びる余り、コミュニケーションのずれが生じていた。

 卒業と入学を繰り返し、毎年16~18歳の球児たちが集まる一方、年を重ねる指導者との年齢はおのずと乖離していく。「2人に同調するだけでは自分がいる意味はない。のびのびとプレーするチームに変えないと衰退する。もっとわくわくさせられれば才能を開花できる」。指揮を継いだ平田さんは自らの指導法を模索し続けた。

 主力選手が住む合宿所に泊まり込み、風呂場でも教室でも時間を共にした。毎晩欠かさぬ読書で「知識」も蓄積。コーチングなどの本を読みあさり、思い描いた理想の指導スタイルを理論で固めていった。

背中押した巡り合わせ

 迎えた16年、初めての夏。横浜高校の変化を誰よりも肌で感じたのが、決勝で相まみえた慶応高校(横浜市港北区)の森林貴彦監督(46)だった。

 緻密な野球を目指してきた名門の選手たちが、今まで以上に目いっぱいバットを振り、個々が最大限の力を出し切って勝負している。「横浜の野球ががらりと変わった。ここまで変えるには、勇気がいるはず」

 15年秋。平田さんと時を同じくして部長から昇格し、恩師である上田誠監督からバトンを受け継いだ。ただ、自らの色を出し切れず「上田さんの顔色をうかがいすぎた。自分には迷いがあった」。決勝の舞台でそう気付かされ、自問自答を続けた。「俺は何をなすべきか」


選手の意見に耳を傾ける慶応高校・森林監督
選手の意見に耳を傾ける慶応高校・森林監督

 大学を卒業後、大手企業に就職したが、「旧態依然とした高校野球を変えたい」というさめやらぬ情熱に気付き、わずか数年で退職。筑波大大学院で他競技の選手らとコーチング理論を学び、「野球の異質さ」も肌で感じた。

 胸に刻むのは、高校3年夏の夕暮れのグラウンド。当時監督の上田さんからサインプレーを選手自身で決めるよう提案され、輪になって話し合った3時間が忘れられない。「自分たちの手で作り上げる。これが一番の思い出。僕の原点」だった。

 当時の自身と、のびのびとプレーする横浜高校の選手たちの姿が重なった。10歳下の「同期監督」が生んだ変革に「尊敬している。負けないようにやらないと」と痛感させられた。

部活動のあるべき形

 両監督が進める指導法は選手の自主性を重んじる。時に自身の現役時代の経験を否定することとも受け止められかねないが、覚悟を胸にグラウンドに立つ。

 平田さんは「この世代の人間としての感性がある。結果が出ずにクビになっても天命」と言い、森林さんも「言われたことだけをこなす人材は社会に必要とされない。どんな大人を社会に送り出せるか。本来なら体罰なんてしている暇はない」と批判する。悪しき勝利至上主義と距離を置き、体罰と決別した指導を追求する新たな世代の共通項は「楽しむ」というスポーツの原点だ。選手を「個人として尊重する」ことに徹し、高校野球界、部活動の指導のあり方を変えようとしている。


勝利だけにとらわれない指導が求められる
勝利だけにとらわれない指導が求められる

 それは、体罰の被害を受けた元球児が集まる「BBCスカイホークス」(大和市)の選手たちの悲痛な訴えと重なる。「指導者が結果を求められ、プレッシャーを感じていることも僕たちにはわかる。でも、勝つことだけが大事だとは思わない」「勝たなきゃいけないと思うと、どんどん窮屈になる。個人、チームに合った目標があっていい。これはきっと野球だけじゃない」

 必ずしも勝者が正しいわけではない。敗者が全てにおいて劣っているわけでもない。選手、指導者にとってそれぞれの「ゴール」を認め合い、互いを尊重する。それこそが部活動のあるべき姿だろう。

(清水 嘉寛)



 この記事は神奈川新聞とYahoo!ニュースによる連携企画です。部活動を舞台にした体罰の実相に迫ります。

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