1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 時代の正体〈514〉ジャズを歌う(下)思いは届くと信じて

ヘイトスピーチ考
時代の正体〈514〉ジャズを歌う(下)思いは届くと信じて

社会 | 神奈川新聞 | 2017年8月30日(水) 19:15

心に響くUGさんの歌声に会場は拍手に包まれた=ミューザ川崎
心に響くUGさんの歌声に会場は拍手に包まれた=ミューザ川崎

【時代の正体取材班=石橋 学】在日朝鮮人3世のジャズシンガー、UG(ウギ)(32)がライブの最後に決まって歌う曲がある。ニーナ・シモンの「I Wish I Knew How It Would Feel to Be Free」。

 自由であるってどんな気持ちだろう。私を縛るすべての鎖を壊せたら、言いたいことのすべてのことを口にできたなら、生きたいように生きれたら、どれだけいいだろう。もしも鳥になれたなら、海を見下ろし、私は歌えるだろう。自由であるってどんな気持ちなのかを。すべての人が自由になれなければ、と-。

 たまたま聞いていたラジオで、1960年代に黒人差別の撤廃を求める公民権運動で歌われたアンセム(賛歌、応援歌)だったと知った。「自分の気持ちにぴったり重なった。人権活動家としてやるべきこと、言うべきことがたくさんある。でも力が足りなかったり、勉強が追いつかなかったり。使命感との葛藤で、いつも闘っているから」

 自由って何だろう、と考える。たとえば人権活動家をやめて、歌手にだけなればいいのか。「でも、それは本当の自由じゃない。人権活動を続けることが自由につながるはずだ、と」

 そんな自分へのアンセムをUGはしかし、歌わなかった。8月19日夜、川崎駅前のミューザ川崎で開かれたコンサート「Jazz for Human Rights 差別のない川崎をめざして」のラストソングに選んだのはダイアナ・ロスのスタンダードナンバー「If We Hold On Together」だった。

 「マイノリティーもマジョリティーもいる。『I(アイ)』ではなくて『We(ウィ)』。みんな一緒に世界をつくっていこうというメッセージが、あの場では大切だと思ったから」

 MCで歌詞を引きながら、語った。「諦めずに私とあなたが手をつなぎ、信念を持って歩んでいけば、夢は絶えることはない。きょうを新たな出会いに、誰もが生き生きと生きられる、その人らしく生きられる社会をつくっていければ」

 歌声に思いを重ねた。

 〈人生には谷があれば山もある/救いの泉が私たちの涙をすべて洗い流してくれる〉

歴史



 「私、不良だった」。過去を振り返り、UGは笑う。「通っていた朝鮮学校では、英語以外の授業は寝てばかり。上昇志向が強くて、先生の言うことも聞かない。一流企業に就職してお金を稼いで、世界で活躍する。だから、歴史とか在日とか、どうでもよかった。『何、堅いこと言ってるの』って」

 転機は朝鮮大学校1年生のときに短期留学したオーストラリアでのこと。ホストの白人夫婦に聞かれた。

 「あなたはなぜ日本人じゃないの。なぜ日本のパスポートじゃないの。日本で生まれたんでしょ」

 答えに詰まった。「私はジャパニーズじゃない、コリアンなの」と拙い英語で伝えることしかできなかった。

 私は一体何者で、なぜ日本人ではないのか-。語るには歴史を知る必要があった。

 日本は朝鮮半島を植民地支配した。土地を奪われ、生きるために海を渡った朝鮮人がいた。その子孫として自分がいる。

 その歴史を巡る問題が、何をすべきかを迫り続けた。

 日本の大学と朝鮮大学校で「歴史認識の共有」をテーマにシンポジウムを共催したときのこと。教科書の慰安婦問題の記述について東大の男子学生と議論になった。「慰安婦は売春婦だと主張する人がいるから両論併記すべきだ、と。知識のない私はどう反論していいか分からなかった」

 ボランティアとして参加した国連人権理事会では、政府による謝罪と補償を求める元慰安婦の思いをよそに「民間から寄せられたアジア女性基金によって解決済み」と言ってのける外務省官僚を目の当たりにした。

 「いろんな場面でおかしいと思うことに突き当たり、何がおかしいのだろうと勉強し、やはりおかしいと言わなければと思った」

 そうして歩みだした人権活動家の道。UGが力を入れて取り組んできたのが、朝鮮学校に対する日本政府の差別政策問題だった。

救い



 朝鮮学校だけが高校無償化制度から排除されて7年になる。神奈川県をはじめ政府にならうように自治体による補助金の打ち切りの動きも広がり続ける。「公の差別は差別とさえ認識されない。ヘイトスピーチは駄目でも朝鮮学校は仕方がないという空気が作り出され、民間人による差別を後押ししているというのに」

 UGや非政府組織(NGO)の働き掛けによって、無償化排除と補助金打ち切りは人種差別に当たり、是正を求める勧告を国連人種差別撤廃委員会から引き出したのは2014年のこと。「でも現実は動かない。自分がしていることは果たして意味あるかと、何度も思ってきた」

 だから、無償化除外を違法と断じた7月28日の大阪地裁判決はただの判決ではなかった。「生きていてよかった。この喜びを感じることのできる自分でいれてよかった」。思いが通じた経験など一度もなかったから。「踏みつけにされてきた在日朝鮮人の声が届くことがあるんだな、と」

 その夜、同級生で新宿・ゴールデン街に集まり、飲んでは泣いた。1週間後、ライブで初めて「If We Hold On Together」を歌った。

 〈救いの泉が私たちの涙をすべて洗い流してくれる〉

 歌詞が輝いて感じられた。「救いの泉なんてどこにあるの、と思っていたから」

 関心を持つ人と接する人権活動家としての活動と違い、ライブハウスでの出会いでは落胆することもある。「日本人と何も変わらないよ」。全然違う。戦後、日本の独立とともに一方的に国籍を剝奪され、外国人にさせられた。旧宗主国が補償すべき権利は奪われたままだ。本名である民族名でステージに立てないことからして、そうではないか。「インターネットで広まって、ライブハウスに迷惑がかかったらと思うと、できない」。差別があり、差別されている。それはもっとも自由から遠い。

 限られた時間のMCでUGは違いについて触りだけ語った。

 「自分が在日であるということはどういうことか、考え続けています。考えなきゃいけない人生を生きている。考えなくてもいい社会になればいい。そう思っています」

この記事は有料会員限定です。

月額980円で有料記事読み放題/100円で24時間読み放題のコースも。詳しくはこちら

ヘイトスピーチに関するその他のニュース

社会に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング