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時代の正体〈507〉カウンターの思い(中)批判避けるメディア

社会 | 神奈川新聞 | 2017年8月17日(木) 22:57

ヘイトスピーチについて解説する神原弁護士(左)と本田弁護士=8月7日、川崎市役所
ヘイトスピーチについて解説する神原弁護士(左)と本田弁護士=8月7日、川崎市役所

【時代の正体取材班=石橋 学】いまさら何を聞いているのだろう、と志田晴美(49)は記者を眺めていた。8月7日、川崎市に人種差別撤廃条例の早期制定を申し入れた足で開いた「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」の会見。朝日新聞の記者は7月16日に中原区であったヘイトデモについてただした。

 「ヘイトスピーチなるものがあったと認識しているか」

 志田はその直前、副市長の伊藤弘との面会で在日コリアン3世、崔(チェ)江以子(カンイヂャ)(44)が繰り返し「被害をなかったことにしないで。被害を見詰めてほしい」と訴える姿を見ていた。公然と差別が繰り返された。だから人種差別を禁じる条例を求めている。あのデモでヘイトスピーチが行われていないとすると、当事者は一体何に傷つき、涙を流したというのか。

ヘイトと断言


 質問に答えたのは弁護士の神原元。ヘイトデモが多発するようになった2013年からカウンター活動の現場に立ち、当日も足を運んでいた神原は断言した。「ずばり、ヘイトスピーチはあった」

 法務省はヘイトスピーチ解消法が「許されない」とする差別的言動の定義について「危害の告知」「著しい侮蔑」「地域社会からの排除」という3類型を示している。差別主義者が掲げたプラカードを挙げながら神原が解説していく。

 例えば「反日勢力による日本人差別と戦っています」という横断幕。「在日コリアンと日本人と区別し、対立しているかのように描き、自分たちは日本人の側に立っていると示している。広義の排除類型に該当する」

 解消法の施行を背景に差別の手口が巧妙化している現状を踏まえ、神原は強調した。「露骨な『殺せ』や『ゴキブリ』という侮辱は減った。はっきり『出て行け』とも言わなくなった。それでも地域社会にいられなくする表現が多くあった。排除類型はヘイトスピーチの本質。ある民族を敵とみなし、地域社会から追い出すことが一番の目的だからだ。在日の人たちにとって最もダメージがある」

 存在を否定する。共に生きる仲間ではないと示す。排斥の空気をまき散らし、社会に分断を持ち込む。解消法前文もその害悪は「本邦外出身者またはその子孫が多大な苦痛を強いられるとともに、当該地域社会に深刻な亀裂を生じさせている」と示されている。

 「殺人事件の被害者の顔写真に『川崎をとりもどせ』と書いたプラカードもあったが、在日コリアンは犯罪を起こすと言い立てたいわけだ。『とりもどせ』とは在日から取り戻す、つまり出て行けという意味。こういうことを堂々とやりながらヘイトスピーチはしていませんと彼らは主張している」

 神原の説明は、人権侵害を「表現の自由」と主張する差別主義者の詭弁(きべん)をいかに見抜くか、その立場に立つのかを、報じる側に投げ掛けるものでもあった。

 隣席の神奈川県弁護士会人権擁護委員長で川崎支部長の本田正男も「デモこそ人権 検閲やめろ」というプラカードを引き、力を込めた。「『デモこそ人権』こそ批判をかいくぐるためのものだ。デモ自体、表現の自由に属すのは確かだが、表現内容、方法が他人を差別し、傷つけることに向けられている。個人の尊厳を守る憲法体系の価値にそぐわないのは明らか。逆手にとった言い方は、法律家としては煮えくり返る思いがある」

被害を報じず



 へイトデモの首謀者、瀬戸弘幸は「ヘイトスピーチはしない」とブログで公言し、デモ申請の際も伝えていた。志田は信じていなかった。「予告から在日コリアンへの敵意を示していた。ヘイトの意思を持ってデモをやろうとしている」。そもそも「ヘイトをしたことはない」と自身の言動を正当化し、差別をあおり立ててきた確信的差別扇動者だ。「これはヘイトではない」と言い募り人権侵害を繰り返すのは目に見えていた。

 一方で差別主義者を正面から批判しないメディアの論調も気になっていた。

 実際、朝日新聞は当日の夜、サイト向け記事で「団体関係者は事前に『ヘイトスピーチはしない』とインターネット上で予告していたが、過去に在日コリアン排斥などを繰り返し訴えてきた男性らが中心人物だったため、反対する市民ら数百人が集まって抗議し、周囲は騒然となった」「『デモこそ人権』というプラカードや国旗を掲げた。反対する人たちが取り囲んだり、路上に座り込んだりして、『ヘイトデモ中止』『帰れ』などと抗議。神奈川県警が警察官数百人で警戒にあたった」と書いた。

 差別する自由を求める「デモこそ人権」という欺瞞(ぎまん)を無批判に紹介するばかりか、排斥のメッセージを記したプラカードがあったことを伏せているため、市民がなぜ抗議しているかが伝わらない。目の前で差別が行われている。だからこその抗議であり、人権侵害を食い止めようと座り込んだ。強調すべきは「周囲は騒然となった」ではない。ヘイトスピーチが行われ人権が侵害された。その事実が報じられていない。

 東京新聞の翌日朝刊記事は「なかった」と書いた。「『デモこそ人権 検閲やめろ』と書かれたプラカードや日の丸が掲げられた。ヘイトスピーチの言動はなかったが、抗議のために近くに集まっていた人たちがデモ参加者を取り囲み、約十分で終わった」

 結果、瀬戸が勢いづく。ブログで記事を引用し、「東京新聞と言えば左翼側の新聞社ですが、その東京新聞でさえも『ヘイトはなかった』と報道しない訳にはいかなかった」「朝日新聞もヘイトデモという文言は避けていた」とつづり、次なる差別の正当化に利用した。「9月に川崎市の持つ公共施設において、講演会の開催を申し込む。左翼や在日朝鮮人は反対するだろうが、『ヘイトはしない』と宣言し、実際になかった訳だから、川崎市がどのような対応を見せるのかに注目している」

 なぜ、「なかった」と報じたのか。東京新聞編集局は神奈川新聞の取材に「デモの当日、動画でプラカードの文言を確認しましたが、脅迫的言動や著しい侮辱、排除の扇動といった明確なヘイトスピーチに当たるとは判断しませんでした。ただ、文言はヘイトスピーチとの認定を回避するための表現とも受け取れ、こうした文言の問題も含めてデモの詳細を検証するとともに、排外的な活動をめぐる現状の取材を進めています」と回答している。

 なお、朝日新聞は会見翌日の記事で「団体側はネット上で『ヘイトスピーチを全くしなかった』とし、デモの動画も公開している」と付記。「ヘイトだった」という神原の指摘と併記することで、まともな主張として対立しているかのような書きぶりになっている。

 「ヘイトをする側もひどいが、抗議する側も乱暴ではないか」。カウンターに対する冷ややかなまなざしを志田はたびたび感じてきた。結果、一方的に断罪されるべき差別主義者への批判が薄れるというあしき相対主義。法や条例が禁止していないから、メディアが批判しないから、路上で抗議の声を張り上げるほかないのに、何が起きているのかさえ報じられなければ「どっちもどっち」という見方がますます広がってしまう。

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