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【終戦の日特集】「分断」なくす再分配を 慶大教授・井手英策さん

社会 | 神奈川新聞 | 2017年8月15日(火) 02:00

いで・えいさく 財政社会学者。慶応大経済学部教授。2000年東大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、日銀金融研究所客員研究生、07年横浜国大大学院准教授などを経て13年から現職。17年2月、小田原市の「生活保護ジャンパー問題」を検証する有識者会議「生活保護行政のあり方検討会」で座長。著書に「経済の時代の終焉」(岩波書店、第15回大佛次郎論壇賞受賞)、「18歳からの格差論-日本に本当に必要なもの」(東洋経済新報社)ほか。小田原市在住。
いで・えいさく 財政社会学者。慶応大経済学部教授。2000年東大大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、日銀金融研究所客員研究生、07年横浜国大大学院准教授などを経て13年から現職。17年2月、小田原市の「生活保護ジャンパー問題」を検証する有識者会議「生活保護行政のあり方検討会」で座長。著書に「経済の時代の終焉」(岩波書店、第15回大佛次郎論壇賞受賞)、「18歳からの格差論-日本に本当に必要なもの」(東洋経済新報社)ほか。小田原市在住。

 敗戦から72回目の夏。そして、平和憲法が施行されて70年が過ぎた。時の宰相、安倍晋三氏は戦後の平和主義の象徴でもある9条の改正への意欲をあらわにする。先の戦禍を語れる世代が年々減っていく中、われわれは平穏な日常、安定した社会をどのようにつくっていけるだろうか。終戦記念日(15日)に合わせ、財政社会学者で慶応大教授の井手英策さん(45)、元自民党総裁で衆院議長も務めたハト派の重鎮、河野洋平さん(80)、フォトジャーナリストの安田菜津紀さん(30)、憲法学者で学習院大教授の青井未帆さん(44)の下を訪ねた。


時代の正体取材班=田崎 基】私たちがいま生きる社会は一体どのようなものだろうか。「生活は将来にわたり良くなっていく」と感じている人の割合は1割にも満たない。老後に不安を感じる人は全体の85%を超える。「互いが互いを蔑(さげす)み憎むような社会が生まれている」。財政社会学者の井手英策さん(45)は不安が渦巻く社会に「分断」の奈落をみる。このままでは社会が崩壊する。「誰もが不安から解き放たれるためにはどうすればいいか」。明確な意思と魂を込め、学究人の英知をかけた処方をいま、世に問い掛けている。

◆ 日本人が最も豊かだったのはいまから20年前のこと。この20年間に何が起きたか。

 1990年代半ばから専業主婦世帯と共働き世帯の割合がひっくり返り、いまでは共働き世帯の方が多い。世帯収入400万円以下も増加し、全体のほぼ5割を占めている。家計の貯蓄率は97年度から急激に減少し2013年度にとうとうマイナスになった。直近で少し上がったがそれでも0・7%にすぎない。


家計の貯蓄率はこの20年で雪崩打つように下落。ほぼ貯蓄できないのが現状だ。
家計の貯蓄率はこの20年で雪崩打つように下落。ほぼ貯蓄できないのが現状だ。

 97、98年にかけて非正規雇用化が急速に進み収入はどんどん減り貯蓄率が落ちた。この時期に日本の経済と社会は一変した。

 何が起きたか。

 稼ぎ主だった男性の自殺率が急激に上昇したのだ。

 最近、自殺率が下がって良かった、と言う人がいるが完全に見誤っている。自殺率が下がったのは、年金がもらえる年齢になり死ななくて済むようになっただけだ。挑発的な表現をすればつまり「人が死に尽くした」ということ。恐ろしい社会が眼前にある。

経済成長はもうない


 国を包む絶望的なまでの未来への不安に対し、政治はいまも「経済成長」という一つの答えしか示していない。

 明確にしておく。日本経済がかつてのように成長できる可能性はゼロだ。


「日本経済がかつてのように成長することはない」と話す井手さん=東京都港区の慶応大
「日本経済がかつてのように成長することはない」と話す井手さん=東京都港区の慶応大

 まず1人当たり国内総生産(GDP)。日本はかつて先進国でトップだったが、いまや経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で20位。バブル崩壊後の1991年からの25年間で日本経済の平均実質成長率は0・9%。2020年の東京五輪開催後から5年間の平均成長率は日本経済研究センターの推計で0・5%。五輪後6~10年後の成長はほぼゼロ%だ。日本銀行が試算した潜在成長率でも中長期的にみて日本経済はゼロ%台の半ばから後半とされている。

 以前のように日本経済は成長しない。これは論理的にも明白なことだ。成長を決める一つ目の要素は労働力人口。間違いなく減る。次に設備投資。多くの企業が海外に拠点を移したいま、かつてのような設備投資を国内で行うことは不可能だ。

 そこで結局、頼るしかないのは「イノベーション」(技術革新)だ。経済学の本をいくつか読めば、最後はどれも「イノベーションが日本経済を復活させる」となっている。だがそんないつ起きるか分からないことに、国民の運命を託すようないいかげんな政治を許すわけにはいかない。

 ではどうするのか。

 まず、苦しんでいるのは一部の誰かではなく、多くの人だという認識を持つ必要がある。

 「自分の所得階層はどこか」という質問に「自分は下流、低所得」と答える人は4・8%しかいない。一方で「平均、中間層、中流」と答える人は92・1%もいる。

 世帯収入300万円以下が全体の約33%を占める現実を踏まえると、日々の生活は相当厳しいにもかかわらず、中間層で踏ん張っているのだと信じたい人が大勢いるということだ。


この約20年間で世帯収入200万円~500万円の割合が増加。一方で高所得層の割合も減少した(厚労省「国民生活基礎調査」より)
この約20年間で世帯収入200万円~500万円の割合が増加。一方で高所得層の割合も減少した(厚労省「国民生活基礎調査」より)

 ことし1月、小田原市で生活保護を巡る問題が発覚した。職員が「保護なめんな。不正受給は人間のくず」と書かれたジャンパーを着て利用者宅を10年にわたり訪問していた。

 一番の被害者は言うまでもなく利用者だ。ただ知るほどに職員やケースワーカーが置かれた状況はひどい。仕事は大変だが役所の仲間は助けてくれない。その中で内向きになりジャンパーを着て団結した。

 追い込まれた人たちが、自覚もないまま他者を差別した。私には弱者がさらなる弱者を虐げているようにしか見えなかった。

 これに気付くと昨年7月に相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件も違って見える。

 自分の苦しさに耐えかねた人が、さらに弱い者をたたく、殺す、傷つける。そうすることによって自分の居場所を確かめ、精神的な安らぎを求めようとする社会が出来上がっている。

 尋常ではない。狂っている。だが私たちはもう一度ここで踏ん張らなければいけない。だから私は、できることの一つとして新たなる分配の提案をする。

痛みと喜び分かち合う

 
 例えば年収200万円のAさんと、年収2千万円のBさんがいるとする。この格差10倍のAとBに同率20%の税負担を課す。

 税引き後の収入は160万円と1600万円。格差は10倍のままだが、いま合計で440万円の税が入った。これを全額両者に分配してもいいのだが、40万円を国の借金返済に使う。

 残った400万円を、200万円分ずつAB両者にサービス(医療、介護、教育など)として提供する。するとどうなるか。

 単純に足せばAは360万円、Bは1800万円となり、格差は最終的に5倍に縮小する。

 Aは40万円しか税金を取られずに200万円分のサービスを受ける。一方、Bは400万円も取られて200万円しか受けられない。Bは反対するのではないか。

 だがこの新しい仕組みならばBは病気や失業、けが、長生きをしても安心して生きられる社会がやってくる。人生に訪れる何度かの不安から自由になれる。それがBのメリットだ。

 みんなが負担する代わりに、みんなが不安から解き放たれる。安心して生きていく社会のために痛みと喜びをみんなで分かち合っていく。これが財政の基本だ。


新たな分配の仕組みを提唱する井手さん=東京都港区の慶応大
新たな分配の仕組みを提唱する井手さん=東京都港区の慶応大

 これには「大増税になる」という批判が出る。例えば「消費税15%」にしたら、高過ぎるだろうか。

 税の国民負担率からすると、フランスやスウェーデンのような重税国家にはならない。欧州で平均的な大きさのドイツ程度にもならない。小さな政府とされるイギリスとドイツの中間くらいの負担になる。さほど高いとは言えないだろう。

 では引き上げた7%。税収20兆円分をどう使うか。半分を財政赤字の解消に使ってみる。これでプライマリーバランス(財政収支)を黒字化できる。今後日本は財政危機におびえる必要がなくなる。

 それでも10兆円が残る。

 医療費の3割負担。いまは4・8兆円を国民が負担している。大学授業料の自己負担は3兆円。介護は8千億円。幼稚園・保育園は8千億円。障害者自立支援法施行以降に発生した自己負担は数百億円。

 全部足すと10兆円弱だ。もちろん全てを無料にするわけにはいかない。なぜなら今まで使っていなかった人まで使い始めてしまうことで必要以上にコストが膨らむからだ。

 だが10兆円をこうしたサービスに割り当てれば自己負担は驚くほど軽くなる。

 効果はそれだけではない。

 
 

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