
日中の仕事を終えて帰宅すると、いつもの順番で家事や入浴を済ます。食卓では各自の生活リズムに合わせ、スタッフがこしらえた夕飯を食べる。「この間、髪を切ったよ」。知的障害を伴う自閉症の女性がうれしそうに話すと、スタッフも「すてきね」と笑顔で答える。会話が難しい別の女性の場合は食べる様子をそっと見守る。食後はそれぞれの個室に戻り、音楽を聴いたりテレビを見たりと、穏やかな時を刻む。
川崎市内のマンション1階にあるグループホーム(GH)では、一般の住宅と変わらない空間で知的障害などがある40代の男女4人が暮らす。3人は障害の程度が重いが、玄関のオートロックの解除法やバスの乗り方を何度も練習して覚えた。夜は緊急時に備え、スタッフが泊まり込む。
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世話人として働く女性(46)は友人から紹介され、高齢者介護の仕事から転職した。「こんな仕事があると知らなかった。別の友人に話すと『施設じゃなくて家なんだ』と驚かれる」。認知度の低さが、なり手不足の要因とも感じる。
入居者は時に、棟を間違えて別の玄関を開けようとしたり、本来は自分で解除すべきオートロックを操作できなかったりすることもある。食卓の箸箱の位置が気になると動かし合いになる。食卓から外しても今度はティッシュ箱が気になる。靴下を冬用から夏用に変えると、「これじゃない」と履かなくなる。
自閉症の特徴でもあるこだわりから暮らしにつまずくこともあるが、働き掛けの工夫次第でパニックは起こらない。「少し手助けが必要なだけで、ごく普通の生活。すぐ隣で障害者が暮らしていてもおかしくないと実感した」
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このGHを運営する社会福祉法人あおぞら共生会(同市)の副理事長で、川崎市自閉症協会の会長も務める明石洋子さん(71)は、自閉症の長男(44)の育児経験を振り返る。「息子が店内のお菓子を持ち帰ってしまうことがあった。迷惑を掛けた相手から怒鳴り込まれ、心中を考えたことだってある。でも謝りに行って説明することで、徐々に支援者が増えた」。長男は買い物の仕方もあいさつの習慣も、地域で学ばせてもらった。定時制高校に進学して夢を見つけ、今は川崎市職員として働く。
障害者が地域で当たり前に生きられるようにと、親たちでつくるボランティア団体が地域作業所を開設し、GHの整備も進めて法人に移行した。入居者の選定にも配慮し、強度行動障害があった人も落ち着いて暮らせる環境を整えた。
GHで暮らす自閉症の長男(46)の母親(73)は、地域での生活に安心感を覚える。「息子が信号を渡れなかった時、近所の人が手を引いてくれた。顔見知りの人ならパニックにならない」
電車やバスで声を出す障害者を「うるさい」と言う人を、昔はただにらみつけた。今はそっと近づき、「慣れれば声を出さなくなるので見守ってください」と説明する。後日、同じ人にバスで会うと、「もう声出してなかったよ」と笑顔で言ってもらえた。「差別や偏見はいずれ理解に変えられる。それがだんだんと分かってきた」
昨年7月に相模原市緑区の津久井やまゆり園で発生した殺傷事件は、障害者に差別的な感情を抱く元職員によって引き起こされた。明石さんは、閉塞(へいそく)感が取り巻く社会にも思いを巡らせる。「ちょっと変わった行動に、周りが許容する力があるかどうか。地域で暮らし、成長していく姿を見守ってほしい。許せる範囲もきっと広がるはず」
◆障害者グループホーム(GH) 障害者が地域のマンションや一戸建て住宅などで共同生活を送る場。原則10人以下の小規模で運営され、家事など日常生活上の支援を行い、自立生活を助ける。厚生労働省は、入所施設で集団生活する障害者約13万人(2016年度末)のうち、20年度末時点で9%以上の1万人強がGHなどの地域生活に移行することを目指した基本指針を定めている。