天皇制の維持と退位制度の創設に強い思いをにじませ、「国民の理解を得られることを、切に願っております」と締めくくった天皇の「お言葉」であったが、安倍晋三政権は退位制度を恒久化することなく、「一代限り」の特別法によって退位を認める形で解決した。
憲法は皇位について、こう明記している。
〈第2条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する〉
現行制度にない天皇の生前退位を新たに認めるのであれば「皇室典範」を改正するほかない。憲法は明文でそう定めている。
だが政府はその憲法に明記された方法を採らなかったのだ。
このやり方に、天皇の歴史や制度の詳しい高森明勅さんは「遺憾だ」と憤りをあらわにする。
「天皇の地位と、その尊厳にかかわる問題。皇室典範の改正が唯一の選択肢だったはずだ」
天皇が終身在位する制度は、過去の天皇の歴史からすればむしろ異例で、生前退位が標準的な皇位継承の形だという。
ではなぜ一代限り有効な特別法による退位と即位という方法が採られたのか。
透ける欺瞞
そこに「天皇への敬愛」を掲げる人々の内心に巣くう屈折した欺瞞(ぎまん)が透けてみえる。
皇室典範の改正に手を付けることは、女性・女系天皇を認めるか否か、という一度ふたをした問題を再び蒸し返してしまうからだ。
宗教学者で国家神道に詳しい上智大の島薗進教授はこう指摘する。
「とにかく皇室典範を変えたくない、という方々がいる」
明治以前は側室を認め、明治天皇も大正天皇も側室から生まれている。だが大正天皇のときから一夫一婦制となり、戦後の皇室典範では側室を認めなかった。この時点で、男系を維持し続けることは現実的に困難となった。
2005年には当時の小泉純一郎首相が有識者会議を設置し、女性・女系天皇を認める報告書をまとめている。しかしその後皇室典範の改正議論は棚上げにされ続けてきた。
今回の前天皇による「お言葉」に端を発する生前退位を、皇室典範の改正によって行おうとすれば、うやむやに先送りしてきた「女性・女系天皇」を認めることに議論が及ぶことは避けられなかったはずだ。
前天皇は「お言葉」の中で慎重に言葉を選び、こう言った。
〈天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えてきたことを話したいと思います〉
あえて付言した上で、「象徴」としての取り組みやその継続について懸念を表明し、生前退位の制度化を強くにじませるように、こう言いつないだ。
〈皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じここに私の気持ちをお話しました〉
ここまで言い含めたにもかかわらず「一代限り」の特別法による生前退位しか認めなかった安倍政権に、私は「保守」という仮面の剝落をみる。
「天皇」への敬愛を表面的に示し、為政者の意思の通りに国民を従わせるために天皇の神聖な権威を登場させる。それは安倍政権を支持する人々や、憲法改正を訴えている日本最大の右派団体「日本会議」のありように通底している。
敬愛はどこへ
「日本会議が目指すもの」-。
その筆頭は「美しい伝統の国柄を明日の日本へ」と題された一文にある。
〈皇室を敬愛する国民の心は、千古の昔から変わることはありません。この皇室と国民の強い絆は、幾多の歴史の試練を乗り越え、また豊かな日本文化を生み出してきました〉
〈125代という悠久の歴史を重ねられる連綿とした皇室のご存在は、世界に類例をみないわが国の誇るべき宝というべきでしょう。私たち日本人は、皇室を中心に同じ民族としての一体感をいだき国づくりにいそしんできました〉
〈皇室を敬愛するさまざまな国民運動や伝統文化を大切にする事業を全国で取り組んでまいります〉
「皇室への敬愛」を掲げしかしその維持継続に向けて本質的な制度改正に取り組まない安倍政権や日本会議の姿勢は不誠実という言葉がふさわしい。
これは、日本の国体ともいうべき「平和」や、その源泉である「憲法」に対する姿勢と相似形にある。