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長時間労働が違法にならない現実、変わらない意識
【先生の明日】(中)教員は「定額働かせ放題」?

社会 | 神奈川新聞 | 2019年4月17日(水) 15:00

自身の授業が空いている時間も校内の見回りをする教員
自身の授業が空いている時間も校内の見回りをする教員

 2016年に文部科学省が発表した日本の公立中学校における勤務実態調査によると、中学校の約6割、小学校の約3割の先生が、「過労死ライン」と言われる月80時間以上の時間外労働を日常的にこなしている。なぜ、先生はこんなにも働き過ぎるのか。その法的根拠となっているのが、労働基準法の中で先生のみに適用される「給特法」と呼ばれる条項だ。多すぎる業務量も、出退勤管理に対する意識の低さも、いくら残業しようと違法にならない「定額働かせ放題」の法が、下支えしている。
(神奈川新聞・佐藤将人)

朝7時に来て、夜9時に帰る日常

 仮にあなたが毎日、朝7時に会社に着いて、夜9時までいるとしよう。休日出勤も当たり前で、完全オフは月に3日あればいい方だ。残業は月80時間超はざらで、100時間を超えることもままある。

 本当は、どれだけ働いているかすら知らない。だってタイムカードはないし、いくら残業しても、上司から注意されることもないからだ。そもそもそんなことを意識して仕事をしない。こんな生活が10年、20年と続いている。

 これは、会社にいる「めちゃくちゃ働く人」の例ではない。公立の小中学校に「うじゃうじゃいる」、先生たちの姿だ。

 神奈川県内の公立中学で教える若手男性教員も、そんな一人だ。大学までサッカーを続け、卒業後、臨時的任用教員として数年間勤務し、採用にこぎつけた。先生の働き方が「ブラック」と言われることは、分かった上でのことだった。


ある学校の部活動の様子。
ある学校の部活動の様子。

 希望通りサッカー部の顧問を務めている。「朝練があるので朝6時半には学校に来て、放課後の部活が終わってから授業準備など自分の仕事をやる。夜9時から10時ごろに学校を出ることが多いですかね」。1人暮らし。帰って洗濯だけはして、後は寝る。

 労働基準法では、8時間の勤務で1時間の休憩が義務づけられている。昼食を生徒ととる先生にそんな時間はない。別に自分が特別なわけではない。尊敬する先輩や意欲のある先生は、みんなそうだ。

 「もちろん早く帰る先生もいる。若い子が『働き方改革』と言って、すぐに切り上げたりもする。でもそれで、生徒の人生に『お前』という爪痕を残せるのかと思う。そういう先生には任せられないから、結局仕事が回ってくるのは同じ先生たちになる。でも特に若い頃は苦労してでも経験をした方が良いから、頑張っています」

定額働かせ放題という現実

 だが、この教員の給与に振り込まれる「残業代」は基本給の4%、時間にして8時間相当しかない。後は全てがサービス残業となり、法的には「自発的、自主的な勤務」とされる。

 根拠となっているのが、給特法と呼ばれる公立の教員のみに適用される労基法だ。正式名称は「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」。1971年に制定され72年から施行された。教師は「聖職」であるため、一般の労働者とは性質が違うという考えが成立の論拠となった。4%という「固定残業代」の算出は、先生の平均の時間外労働が月8時間程度だった、66年の調査が元になっている。半世紀以上前の働き方が基準となっているのだ。

 現在、中学ではその10倍以上の時間外を記録する先生が6割もいるという時代錯誤はもとより、深刻なのは民間では違法となる長時間労働が、先生には全く適用されないという点だ。

 教員の労働問題に詳しい、名古屋大学の内田良准教授(43)は給特法を「定額働かせ放題だ」とした上で、こう指摘する。


名古屋大の内田良・准教授
名古屋大の内田良・准教授

 「給特法の罪は、職場の時間管理を不要にし、使用者や管理職から残業抑止(労務管理の徹底)の動機付けを奪ったこと」

 いくら残業しようと数値化の義務はなく、残業代も増えない。違法ではないから、校長や教育委員会も法的責任を問われない。職務や無駄を「減らす」という発想が抜け落ち、業務は肥大化していく一方だった。

 そもそも、公立の学校現場でタイムカードなどにより出退勤管理がされているのは、全体の2割にしか満たない。それも出勤時は記録するのに退勤時は押さない、土日は使わない、という意味不明な形であったり、そもそも教頭から「時間外が80時間を超えないように付けてね」と言われる現実がある。

 子供に教育を施す場である学校が、こと労務管理に関しては、ほとんど無法状態なのだ。

変わらない、変えられない意識

 横浜市立中学校のある男性教員は、自分がぎりぎりの状態だということが分かっている。ある朝、学校に向かう途中のコンビニで、体が動かなくなった。長時間労働や少ない休日数だけではない。保護者への対応や研修、市教委への提出物…。常に何かに追われている状況が何年も続き、心も体も休まらない。

 「それでも行くしかない。だって、現場に『代わりの先生』はいないから。保護者に気を遣い、教育委員会の目を気にし、休む暇もない。つらくても大変でも我慢して、子供のためと頑張って、それで倒れても、タイムカードもないので過労と認めてもらうのも大変。僕らはまるで、丸腰で戦っているようなもの」

 イチ抜けた、とできたらどれだけいいか。ただそうすれば今度は誰かにその負担がいく。教員同士がそんな風に警戒し合っている。現状を変えようと言える空気はない。

 内田准教授はその背景をこう指摘する。

 「先生たちはブラック企業の社員のように、会社の奴隷ではないんですよね。むしろ誇りを持ち、自らの意志で過酷な仕事をやっている。そうして頑張れてこそ、教師だと。そういう人にいくら働き方を変えた方がいい、意識を変えた方がいい、と言ったところで、その渦の中心にいる人ほど聞く耳を持たない。僕が教員の働き方改革の本丸は職員室だと言っているのは、そのためです」

法改正で半強制的な改革を

 現状に危機感を抱く有志の現職教員が立ち上がり、2017年に「現職審議会(現職審)」を組織した。先生たちの働き方を主導する中央教育審議会(中教審)に対抗する行動だ。記者会見では、以下の五つを問題提起した。①授業準備の時間がない②休憩時間がない③額にして1兆円の不払い残業④部活の顧問の強制⑤労務管理の欠如、だ。

 こうしたうねりにも応える形で、同年12月には文科省が「学校における働き方改革に関する緊急対策」を発表。今年1月に同省が示したガイドラインでは、「時間外労働の限度」を月45時間、年間360時間に設定した。


ある教員の机の様子。書類が山のようになっている。
ある教員の机の様子。書類が山のようになっている。

 どだい、無理な話だ。

 「時間外を減らせというなら、明確にこの業務とこの業務はやめますということをセットにして現場に下ろさないと意味がない。それをせずに、時間外が80時間超の人に今より40時間早く帰れと言うのは、無責任。現場から反発が来るのが当然です」(内田准教授)

 単なるお題目になってしまえば、反発どころか関心さえ呼ばないだろう。事実、一連の動きを知らない教員も山ほどいる。

 半世紀かけて固定化されてきた長時間労働の習慣を変えるには、法改正を伴わせた半強制的な改革しかないと、内田准教授は訴える。

 「民間の労働基準監督署のように、強制力を持って現場介入できる第三者組織が必要。そのためには、まずは教員の働き過ぎが違法とされる法的根拠が必要になる。給特法を廃止して、教員も一般の労働者と同じく長時間労働から守られるようにならないといけない。タイムカードはもちろん、持ち帰り残業を含めた労働時間を正確に可視化することがその前提になる」

先生としての幸せと、大人としての幸せ

 現在の学校現場が、そうした「残業なんて関係なく働く」先生によって支えられているのは、厳然たる事実だ。中には教員が天職で早く帰れと言われる方がストレスになる人もいるだろうし、長時間労働の主因とされる部活にしても、それが生きがいだという先生も多い。だが、これだけワークライフバランスが叫ばれる現代において、「良い教師」や「頼れる教師」の必要条件として長時間労働があり続けるとしたら、次代の担い手は確保できるだろうか。

 冒頭のサッカー部顧問の教員は、こんなふうに言う。

 「どんなに忙しくて自分の時間がなくても、卒業や進級の際には必ず生徒が『先生ありがとう』と言ってくれる。最後のありがとうにだまされて、また大変な1年を頑張ろうと思う。その繰り返しです」

 教員という仕事の達成感とやりがいは、やはりやった者にしか分からないと。

 教職を目指す人の大半がそうであるように、この教員も子供が大好きだ。現在は独身だが、いつかは結婚し、子供を持ちたい。でも日々の中で、出会いはない。仮にあったとしても、平日はほぼプライベートな時間がなく、土日も取れて半休という自分の仕事を理解してくれるかどうかが不安だ。

 「今は自分はそういう状況にないので、子供ができた先輩の仕事を引き受けたりしています。もし自分も結婚して家庭を持ったら、今のような働き方を続けるつもりはない。メリハリを付けてやりたいですね」

 男性教員はきっと、友人や仲間に信頼される「良い奴」で、仕事に誇りと使命感を持ち、いつも誰かのためにと頑張れる「良い先生」だ。彼のような教員が、先生としての充実した姿だけではなく、一人の大人としての幸福や人生の楽しさを当たり前に伝えていける教職現場であってこそ、本当の意味で「生徒のため」になるのではないだろうか。

 教員の志望者数は、6年連続で減少している。要因は複数あるとしても、先生という仕事に人としての幸せを見いだせない若者が増えているのは、事実だろう。そしてそれは、確実に教育の質の低下につながっていく。



連載【先生の明日】
この記事は神奈川新聞とYahoo!ニュースによる連携企画です。教職員をとりまく課題を伝え、その解決策について考えます。「過労問題」編は、4月16日、17日、18日の3回にわたって配信予定です。


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