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【平成の事件】東名一家死傷事故 
常軌逸した「あおり運転」、どう裁く 司法への問い

社会 | 神奈川新聞 | 2019年4月15日(月) 09:53

 きっかけはささいな交通トラブルだった。「カチンときた。文句を言いたかった」。高速道路上でワゴン車を執拗(しつよう)に追い回した男は、後の裁判員裁判でそう語った。神奈川県大井町の東名高速道路で2017年6月5日夜に起きた一家4人死傷事故。身勝手極まりない理由で我を忘れ、見ず知らずの家族を危険にさらした愚行は、「あおり運転」の俗称を世に刻み、現行の法制度の課題も浮き彫りにした。(横山 隼也)


東名高速道路下りの事故現場付近(右)。常軌を逸した石橋被告の運転行為は、「あおり運転」が社会問題化する契機となった=大井町
東名高速道路下りの事故現場付近(右)。常軌を逸した石橋被告の運転行為は、「あおり運転」が社会問題化する契機となった=大井町

執拗な追跡、焦る一家

 「どうするの。ついて来ちゃったじゃない」―。東京への旅行からの帰路、静岡市の家族の妻=当時(39)=が運転するワゴン車内は、焦燥感にも似た雰囲気に包まれていた。バックミラーに映るのは猛追してくる1台の車。娘2人も異変に気付く中、夫=当時(45)=は「俺が謝る」と答えたという。

 横浜地裁で言い渡された一審判決などによると、事態の発端は、事故現場から約1.4キロ手前に位置する中井パーキングエリア(PA)での出来事だった。道を半ばふさぐような形で停車する車に、夫は一喝した。「邪魔だ」。ややきつい口調は、車近くでたばこを吸っていた被告(27)=一審で懲役18年の判決、控訴中=の心をざわつかせた。「頭に血が上った。謝らせたい一心で追い掛けた」

 追跡中、被告は約700メートルにわたって計4回、割り込みと急減速を繰り返した。路上に停車後、ワゴン車に詰め寄ると、夫の胸ぐらをつかみ「高速道路に投げ入れてやんぞ!」「殺されたいのか!」と怒鳴りつけた。同乗していた交際女性に「子どもがおるけん、やめとき」といさめられて我に返るまで、暴行を継続。後続の大型トラックが突っ込んできたのは、ワゴン車を離れて自身の車に戻る途中だった。


事故の直前に一家が立ち寄った中井パーキングエリア。ささいな交通トラブルが、被告による「あおり運転」の引き金となった=中井町
事故の直前に一家が立ち寄った中井パーキングエリア。ささいな交通トラブルが、被告による「あおり運転」の引き金となった=中井町

「なぜあれほど怒るのか」

 事故では夫妻が死亡し、娘2人がけがを負った。被告自身も重傷を負い、入院を余儀なくされた。県警は、事故前後の通過車両の割り出しや被告の車のカーナビ記録の解析を通じて運転態様の詳細をあぶり出し、事故の約4カ月後に被告を逮捕。横浜地検は自動車運転処罰法違反の危険運転致死傷罪を適用して起訴に踏み切った。姉妹の目の前で両親が命を落とす結果の重大性はもとより、常軌を逸した被告の運転行為が明白になるにつれ、世間からの非難の声も高まっていった。

 「注意されただけで、なぜあれほど怒るのか不思議です」。被告の公判に証人出廷した夫妻の長女は率直な疑問を投げ掛けた。「(事故後同居する)祖父母に心配をかけないため、泣く時は夜に1人で泣く」。県警の捜査員にかつてそう語ったエピソードも明かされた。夫の母(78)は会見で、「同じような苦しい目にあわせてやりたい」と峻烈(しゅんれつ)な言葉を並べ立て、危険運転致死傷罪の成立を否定する被告に厳罰を求めた。

 被告の性格について、交際女性は証人尋問で「私にはとても優しい人でした」と語った。一方で、以前からあおり運転を行っていたとも証言し、今回の中井PAでの場面に関しては「キレると思った」と振り返った。検察側は、東名事故前後で被告が少なくとも10件の交通トラブルを起こし、パトカーにまで妨害運転に及んだと指弾した。


犠牲になった家族の夫が事故当時、身につけていたTシャツと靴下。母親は「あおり運転」の撲滅を願った=静岡市
犠牲になった家族の夫が事故当時、身につけていたTシャツと靴下。母親は「あおり運転」の撲滅を願った=静岡市

増える摘発、対策も強化

 割り込みや追い越しなどを受けて報復行為に及ぶあおり運転は、「ロード・レイジ」とも呼ばれる。「道路」と「激怒」を意味する言葉だ。普段はおとなしい性格の持ち主がハンドルを握ると豹変(ひょうへん)する原因はどこにあるのか。

 「車内はある意味インターネットと同じで、匿名性を確保されたプライベートな空間。怒りを感じれば、身元を特定されないと思って、ささいなトラブルでも過剰に反応してしまう」。怒りの感情との向き合い方を指導する日本アンガーマネジメント協会の安藤俊介代表理事はそう分析し、「誰もがあおり運転に及ぶリスクがある」と警鐘を鳴らす。

 警察庁によると、昨年の道交法違反(車間距離不保持)の摘発件数は全国で1万3025件。前年比で約80%増えた。このうち高速道路での違反が1万1793件と約9割を占める。

 事態を踏まえ、警察庁は昨年1月、著しい交通の危険を生じさせたドライバーに対して免許停止の行政処分を科せるとする規定を厳格に適用するよう、全国の警察に指示。神奈川県警など一部の警察は、ヘリコプターによる上空監視も取り入れ、取り締まりの強化に努める。

 九州大学の志堂寺和則教授(交通心理学)は「運転免許の講習などでもトラブルに冷静に対処する訓練を取り入れる必要があるだろう」と指摘。安藤代表理事は、交通トラブルで怒りを覚えた際の対処法として、「6秒間我慢して感情を抑制することが効果的。車内に家族写真などを置き、失うものがあると思い起こせるようにするのも有効だ」と呼び掛ける。

司法に突き付けられた問い

 事件は現行の法制度に対しても、避けて通れない問いを突き付けた。被告が問われた危険運転致死傷罪は運転中の事故を適用の前提とする。今回のようにいったん停車した後に誘発した事故にまで適用が可能かどうか、専門家の間でも意見が割れ、公判への社会的な注目を高める要因になっていた。


被告の裁判では危険運転致死傷罪の成否にも注目が集まった。判決公判では一般傍聴席41席を求め、約700人が長い列を作った=横浜市中区の横浜地裁前
被告の裁判では危険運転致死傷罪の成否にも注目が集まった。判決公判では一般傍聴席41席を求め、約700人が長い列を作った=横浜市中区の横浜地裁前

 検察側は(1)高速道路上では路上への停止行為も危険運転に含まれる(2)それが認められない場合でも、被告のあおり運転と誘発した事故とに因果関係がある―との二段構えで成立を主張。判決は(1)を否定した上で、(2)を採用。従来の法解釈を拡大し、停車中の事故であっても適用できる場合があると判示した。

 弁護側は、想定していない運用を法解釈を改める形で認めた判決に、「法に規定のない行為も処罰されかねず、国民生活を萎縮させる」と危惧した。さらに、「高速道路上に強制的に停車させる行為が大きな危険を生じさせることは明らか」とし、そうした一般的な見識と法制度の間に「乖離(かいり)が生じている。立法による解決を図るほかない」と求めた。

 「裁判官が10人いたら、全員が今回と同じ判断をするとは限らない」と語るのは、交通犯罪に詳しい首都大学東京の星周一郎教授だ。やはり「新たな犯罪類型を加えるなど法制度を見直す必要があるのでは」と提起する。

 「危険運転罪」はこれまでにも重大事故のたびに実情に沿って見直されてきた歴史があり、それが社会に対するメッセージとなって抑止力を生む効果をもたらしてきた。萩山さん夫妻の遺族は判決後、そろってコメントした。

 「あおり運転が無くなってくれれば」

 ◆東名一家死傷事故 2017年6月5日夜、大井町の東名高速道路で発生。事故現場から約1.4キロ手前の中井パーキングエリアで、車の止め方を注意された被告が憤慨。静岡市の男性=当時(45)=一家のワゴン車の進路をふさいで路上に停車させ、後続の大型トラックが突っ込む事故を引き起こした。男性とワゴン車を運転していた妻=当時(39)=が死亡、長女と次女も軽傷を負った。横浜地裁は昨年12月14日、懲役18年の判決を言い渡したが、被告の弁護側が控訴した。

連載「平成の事件」
 この記事は神奈川新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。「平成」という時代が終わる節目に、事件を通して社会がどのように変わったかを探ります。4月8日から計10本を公開します。

 
 

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