
東京から南へ3時間半の距離、米領グアム。リゾートホテルが立ち並び、日本人の旅行者でにぎわう島の観光地から南西へ進んだ海岸に、海軍基地のアプラ港が広がる。第7艦隊所属の潜水艦や潜水艦母艦の母港だ。
太平洋で多国間演習が実施されるときには、アプラ港は補給基地の役割を果たす。「3年で日本や韓国、ロシアなど9カ国の艦船が訪れた」と、統合マリアナ地域司令部の担当者。2010年の燃料補給実績は5000キロリットル近い。「ロシアの隊員たちは、休み時間に基地の売店に行って、おみやげを買い込んでいった」
グアムの基地は冷戦終了とともに大きく機能が縮小され、あふれた労働力は島外へ仕事を求めて出ていった経緯がある。だが2002年ごろから構想が描かれた米軍再編のなかで、米軍はこの島を再び横須賀などと並ぶ西太平洋の重要拠点と位置づけた。米領としては太平洋の西端という戦略的な位置にあるためだ。

アプラ港でも、基地増強の槌音(つちおと)が響く。
岸壁では改善工事が進む。兵舎も新築された。エネルギー費用削減のため、空き地には太陽光パネルが敷き詰められている。
空母が接岸する埠頭(ふとう)も拡張された。2011年8月には原子力空母「ロナルド・レーガン」が休養で寄港している。空母の寄港可能期間をさらに延ばすため、港を新たに浚渫(しゅんせつ)する計画もある。
■□

だが計画が具体化するにつれ、漁業者や観光業界からは「魚のすみかや観光資源のサンゴ礁が壊される」との懸念の声が上がるようになった。環境影響評価も長引いている。
「島民が基地増強に抱く感情は複雑だ」。先住民(チャモロ人)の権利保全に取り組むリーヴィン・カマチョ弁護士が代弁した。
雇用や公共事業を生み出す基地は、観光に次ぐ島の主要産業だ。在日米軍再編の一環でもある沖縄からの海兵隊移転にも、波及効果への期待感が経済界に強い。だが実現すれば島の人口が急増し、インフラが機能不足に陥りかねない。こうした懸念が置き去りにされているとの不満も、島民の間にくすぶってきた。
2011年10月。ダウンタウンにある小さな立法府で、ある討論会が開かれた。テーマは「非植民地化」。パネリストの議員や有識者からは、連邦政府への批判が相次いだ。
「地元の懸念より国防総省の意向が優先されている。基地増強は不平等の証拠だ」
グアムは米国の一部だが、法的な位置づけは、全米50州よりも自治権限の弱い「準州」。島民は大統領選への投票権を持たない。連邦議会下院には代表を送っているが、本会議の議決権は与えられていない。
州議会は昨年9月、地元の声を聴くよう連邦政府に求める決議を採択した。「懸念が無視され続ければ、基地増強を歓迎しない民意が生まれるのは避けられない」
提案者の一人、ローリー・レスピシオ議員は「グアムは運命を自ら決めることが許されるべきだ」。州昇格か、米国との自由連合か、独立か―。基地増強が呼び起こした議論は、自決権の具体的な選択肢が語られるまでに至っている。
※登場人物の肩書きは取材当時のものです。