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ヨコスカと空母・第1部
空母配備前史(2)「平和港湾都市」の横須賀、幻の青写真

社会 | 神奈川新聞 | 2019年3月24日(日) 17:09

 戦前に軍港として栄えていた横須賀市では、終戦後に旧軍関係者の離散が止まらず、人口が35万人から20万人に激減した。旧軍の資産は一部が米軍に占領されたが、残りの広大な敷地は放棄されたままになっていた。

「ドゥーリットル空襲」があった1942年4月18日、B25爆撃機から撮影された横須賀海軍工廠。米国立公文書館所蔵(横須賀市自然・人文博物館提供)

 旧軍の資産を復興に活用し、軍港から平和産業港湾への転換を目指す-。横須賀市は旧軍港としての歴史を共有する呉、佐世保、舞鶴の3市とともに、こうした構想を描き、国に法整備を求める。議員立法され、国会で成立したのが「旧軍港市転換法」(軍転法)。無料や安価での資産譲渡や転用の優先権を定めた法だった。

 施行の条件として「住民の過半数の同意」が課された。横須賀では市民の87%が賛成し、軍転法は1950年に施行されて、現在に至っている。現在も横須賀に数多く残る国有地の多くは、旧軍からの土地であり、今なお軍転法に基づく活用が審議されている。

基地返還「発展の起爆剤に」

 法施行から20年後の1970年5月。横須賀市は、米軍基地の返還や集約を求める要望書を国に提出した。「国防についてはよく認…

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