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建築家・田根剛
【ひとすじ】「場所の記憶」未来に継ぐ(下)

社会 | 神奈川新聞 | 2016年9月16日(金) 11:43

お気に入りのピカソの作品の横に立つ田根剛さん
お気に入りのピカソの作品の横に立つ田根剛さん

 「場所の記憶を掘り下げること」

 それは田根剛(37)が大磯町で初めて設計した個人住宅にも取り入れられている。

 友人の施主から「100年続く家を」と要望を受けた設計。地域の歴史などを調べた際、縄文時代の遺跡などに、かつてこの地に生きた人たちの痕跡を認めた。

 独特な色合いが目を引く赤茶の土壁は、基礎工事の際、掘り起こした土を活用した。土は、5千年以上前からこの地にあり、そしてこれからもここにある。

 「場所の記憶に対する執着」は、「過去を未来に残すこと」と言う。「建物は次の世代への記憶の装置。建物としての性能はもちろん必要ですが、それだけではなく、それに触れた時に過去を想像するもの。物質は当時の思想も現す。文化を継ぐものとしてもとても大切なんです」と力を込める。

 10月1日にエストニアのタルトゥに開業する「エストニア国立博物館」も、負の遺産である軍用滑走路の延長線上に、国の文化を収容するよう提案したものだ。1本の滑走路の線が空と大地を分け、建物へ続く。過去の記憶を抹消するのではなく、未来へ希望も込めて残す。その場所は、未来への架け橋になると信じている。


急速な再開発を危惧



 2020年に迎える東京オリンピック・パラリンピックの主会場となる「新国立競技場」の建設案が公募された際は、明治天皇崩御の際に、鎮魂の場として生まれた神宮の森を再構築しようと、「古墳スタジアム」のアイデアを提出した。

 「東京の中心を森にしたい」という思いは、最終選考まで残ったが、イラク出身のザハ・ハディッドが考案した宇宙船のようなデザインを前に苦汁をなめた。同案は後に、巨額の総工費がかかると白紙撤回され、好機をうかがったが、公募条件から外れ、田根らのアイデアは土俵に上がることも許されなかった。

 明治神宮外苑地区一帯は1926年、景観保護のため日本初の「風致地区」に指定され、建物は最高15メートルという高さ制限があった。しかし、新国立競技場の建て替えに伴い、都は2013年6月、「再開発等促進区」を設定。最高75メートルまで緩和した。ことし6月には、JR東日本が、山手線の原宿駅を東京五輪までに建て替えると発表。屋根の風見鶏が特徴の築92年の駅舎は都内最古の木造駅舎だ。

 「街の変化は、五輪で加速していく。私たちの生活は経済を生み出すことで豊かになるけれど、新しい=豊かというものではない。物が持つ記憶は、その国の文化や歴史。世代を超えて受け継がなくてはいけない集合意識でもある」と、急速な再開発を危惧する。

アートと建築の差とは



 数々の経験を経て、「アートと建築の差は何だろう」と思うようにもなった。手掛ける仕事も、形が残る建物だけではなく、世界的指揮者の小沢征爾が長野県松本市で開いている「サイトウ・キネン・フェスティバル」の舞台美術制作、新潟市の舞踏集団「Noism」の舞台空間演出など多岐にわたる。

 時計メーカー「シチズン」のインスタレーション(空間全体を作品として体感できる芸術)では、メーカーの工場の廃棄場にあった時計のパーツである地板が目にとまり、約8万個を4千本のワイヤでつなげ異空間を生み出した。世界的な評価も高く、ミラノデザインアワード2部門(14年)、ロンドン・インターナショナル・アワーズ2015などを受賞している。

 意表を突くアイデアは、東京都美術館(台東区)で9月22日まで開かれている「ポンピドゥー・センター傑作展」でも体感できる。展示デザインを手掛けた同展では、1906年から77年までの1年ごとに1作家、1作品を紹介。絵画、彫刻、写真、映像。出品された70人以上の経歴を調べ上げ、向き合った。

 三つのフロアは赤、青、白と、美術館が建つフランスのトリコロールをイメージ。最初の部屋は、空間を斜めに仕切る赤い壁が印象的だ。

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