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小泉元首相に聞く(中)  要諦は「状況つかむ力」

社会 | 神奈川新聞 | 2019年1月30日(水) 17:00

衆院選公示を受け、自民党候補の応援で街頭演説をする小泉氏=2005年8月30日、横浜市都筑区
衆院選公示を受け、自民党候補の応援で街頭演説をする小泉氏=2005年8月30日、横浜市都筑区

小泉元首相に聞く(上)原発「平成で終わりに」

 世論調査で高支持率を維持し、国民的人気を背景に首相在任期間は約5年5カ月、1980日に及んだ小泉純一郎元首相。中でも鮮烈な印象を残した郵政解散での大勝は、政治の風景を一変させた。その背景にあったのは、小泉氏が強硬に反対していた小選挙区制の導入だった。

 平成の政治を振り返るとき、1996(平成8)年の衆院選から導入された小選挙区比例代表並立制の存在は欠かせない。小泉氏は首相在任中の2005年、参院で郵政民営化法案が否決されたのを機に衆院を解散。法案に反対した自民党の議員を公認せず、小選挙区に対立候補となる「刺客」を擁立し、自民公明の2党で327議席を獲得する大勝に導いた

 -首相の権限は、小選挙区制によって強くなったと指摘されています。

 「小選挙区は一対一の戦いだから、やりようによっては執行部、総理の権限を最大限に発揮できる制度だ。同時に、野党だっていい政策があれば、政権をひっくり返すことができる」

 -小泉さんは中選挙区制から小選挙区制への移行に強く反対していました。

 「反対していた理由の一つは、小選挙区というのは執行部にとって実に武器になるが、陣笠(じんがさ)議員(一般の議員)は非常にやりにくくなるからだ。でも、郵政民営化は小選挙区だからできた。中選挙区だったら無理だった。どんな選挙制度でも一長一短はあるが、この状況で野党がまとまって原発をゼロにしようと言って、自民党は原発は必要だと言ったら、どうなるか分からないね」

 「俺、安倍総理に『もったいない』って言っているんだよ。『原発ゼロにする、こんなチャンスないぞ』と。自民党が進めれば、野党は反対できないよ。与党も野党も協力できる体制ができる。しかも夢のある事業だ。世界に先駆けて原発ゼロでやっていこう、自然エネルギーを最大限に活用しようという方向性を出せる時代が来ているのに、指をくわえて見ているっていうのは、実にもったいない」

 -安倍首相の反応は。

 「反論はしない。苦笑しているだけだね」

 -今夏の参院選を「原発ゼロ」に向けた重要な選挙と位置付けていますが、原発ゼロを訴える候補者を応援する考えはありますか。

 「私はもう選挙には一切関わらない。衆院選も参院選も地方選挙も」

 -神奈川では河野太郎外相(衆院15区)が原発ゼロを訴えていましたが、最近は持論の公言を控えています。

 「やっぱり大臣の立場を尊重するし、総理の立場をおもんぱかるから。まだ大臣になる前に、河野さんに電話したよ。『先見の明があるな』って。でも、大臣でいる場合、総理が原発推進派では言えないだろうな。しかし、本心は原発ゼロだと思うんだよ。まあ政治家だから、自分が力をつけてからということだろうな」

小泉元首相に聞く(下)「北朝鮮は今も米を見てる」

 1995年の自民党総裁選では橋本龍太郎氏に敗れ、98年には小渕恵三氏に敗北。2001年に3度目の挑戦で全国に小泉ブームを巻き起こして橋本氏らを破り、第87代首相に就任した。道路公団民営化など構造改革路線の推進、脱派閥・官邸主導の政治手法、分かりやすい「ワンフレーズ」などで国民的な人気を獲得し、在任中は高支持率を維持。党内では「変人」扱いされたが、類いまれな政治的センスで首相の座を射止め、自身が掲げた政策を実現していった。その要諦(ようてい)は何なのか

 -01年の党総裁選では、都道府県連による地方予備選で圧勝し、支持国会議員数での劣勢をはね返しました。小泉さんは、党員の民意をダイレクトに受けて初めて誕生した自民党総裁・総理だと思いますが、ご自身の総理就任にはどういう意味があったとお考えですか。

 「あのときは、総裁候補として『自民党をぶっ壊す』って言ったんだよ。

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