
口から食事を取れなくなった人に対し、おなかの外と胃をつなぐチューブを取り付けて胃に栄養を補給する「胃ろう」。どのような時に導入すべきかをアドバイスする地域公開セミナーが昨年12月、秦野市の鶴巻温泉病院で開かれた。介護中の家族の関心は高く、地域住民ら約110人が参加し熱心な質問をした。参加者は「ケース・バイ・ケースだということがよく分かった」と話していた。
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講師を務めたのは、鶴巻温泉病院第2診療部長の蓮江健一郎医師。療養や緩和ケアについて幅広い経験から、胃ろうの問題について語った。
胃ろうは、2000年ごろから急激に普及し、「食べられなくなったら胃ろうという時代もあった」という。ただ、終末期や認知症末期の患者にも導入するのは、本人も望まない無益な延命ではないかとの疑問の声が出たほか、胃ろうによる延命で診療報酬、介護報酬、生活保護費などを得ようとする貧困ビジネスのような事例があることが報道され、「胃ろうバッシング」が起こった。その結果、現在は過大評価から一転、「過小評価されてしまった」と蓮江さんは語る。
蓮江さんは、食べられなくなった時の人工的水分補給・栄養補給には、医学的な理由から病態に応じて4種類に分かれることを解説した。消化管(胃腸)が使える場合は、短期では鼻から胃にチューブを入れる経鼻経管栄養、長期では胃ろうが適切となる。また、消化管が使えない場合は、短期は末梢(まっしょう)点滴、長期は中心静脈栄養になるとした。導入に際しては、「導入することで回復する病態か、利益はあるのか、生活の質(QOL)の維持・改善となるのか、本人が望んでいる生き方なのかを考え、判断する必要がある」と指摘した。
「ケース・バイ・ケース」
胃ろうを経鼻経管栄養と比べると、手術を必要とするが、不快感や苦痛が小さい、経口摂取との併用が可能、管理が簡単で在宅や施設などの受け入れの選択肢も多くなるメリットがあるという。口からの栄養が不十分だが、意識障害や認知症が重篤でない場合、誤嚥(ごえん)性肺炎を繰り返す場合などは、「胃ろうを導入することでQOLが改善する可能性が高くなる」とした。
一方、適応外と考えられるのが、老衰の終末期、高齢の重度のアルツハイマー型認知症の場合。「胃ろうを導入できたとしても、合併症などを起こしやすく、生存期間もあまり変わらない」という。
判断が分かれるのは、脳血管障害を合併し、活動度がかなり低下した認知症患者らの場合。「胃ろうを導入することで生存期間は延びるかもしれないが、その評価は患者本人・家族等代理人の価値観・死生観による」と語った。
4種類の人工的水分補給・栄養補給とも、導入するかどうかの最終的な判断は、医療従事者と十分に話し合いをした上で、本人・家族等代理人が決める必要がある。本人に考えがある場合は、事前に意思が確認できるようにしておく必要があることが強調された。
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参加者の1人、秦野市の自営業の男性(69)は「86歳の義母が脳出血で倒れたので、今後の介護に向けてセミナーはとても参考になりました。胃ろうはやはりケース・バイ・ケースですね」と話した。
男性は9年前に88歳で亡くなった父親の介護でも、胃ろうを作るかどうかで悩んだ。「父は日本尊厳死協会に入っていたのですが、認知症が進み出したら、長く生きたいと逆のことを言い出しました」。医師の提案を検討していたさなか、病状が悪化して亡くなったという。
「終末期医療については考えをまとめておかなくては。自分に関しては、意識がなくなってしまった後は、チューブをつながれ、ただ生かされるというのは望みません」と話していた。