「これほど環境が整った場所は多くない。農地を手放す決断をさせる以上、地域の発展を約束してほしい」。甲府盆地を東西に走る中央自動車道と新山梨環状道路の間に位置する甲府市大津町のリニア駅建設予定地。この場所で約50年前からコメや野菜を栽培して生計を立ててきた農業伊藤弘さん(76)は、駅の建設に向けた思いを語る。
リニア中央新幹線の開業で想定される東京・品川駅と山梨県駅の所要時間は25分程度。県はリニア駅を「交通結節点」と位置づけ、県内ほぼ全域へのアクセスを「車で30分以内」とするため交通網を再整備する方針だ。中央道にはスマートインターチェンジを整備し、リニア駅と直結させることが決まった。
だが、駅周辺開発のビジョンは定まらない。2011年6月の県議会で当時の横内正明知事はリニア駅周辺について「交通拠点としてのターミナル機能などを主体に整備を進めたい」と説明。一方、既存の中心市街地に配慮し、大規模商業施設の誘致など市街地化は進めない考えを示した。
その4年後。知事選でリニア駅周辺に集合住宅や商業施設を集積させ、人口増につなげる構想を示した後藤斎知事が当選し、駅周辺整備の考え方は軌道修正されることに。県が今年3月にまとめたリニア駅周辺の整備方針には、住宅や企業、商業施設などの整備を促し、東京圏などを往来する人の増加を見据え「新たなライフスタイルの展開を目指す」との方針が明記された。
一方、サッカーJ1・ヴァンフォーレ甲府のホームスタジアムになり得る総合球技場の建設をめぐり、県の有識者委員会は昨年12月にまとめた報告書で、候補地としてリニア駅周辺を含む2カ所を提示。県は現在も建設地の検討を続けており、駅周辺への建設の可否は決まっていない。
「リニア駅周辺の開発計画は何も進んでいないように思える」。5月11日、同市大津町で開かれた駅周辺整備に関する地権者への説明会では、出席者からいらだちの声が上がった。県リニア環境未来都市推進室の石寺淳一室長は、取材に「駅の機能の見直しや総合球技場建設地の検討で、地元住民に不安を与えている側面はある。球技場の建設場所が決まり次第、整備計画を具体化したい」と話す。
人口減少が進み、昨年10月には31年ぶりに人口83万人を割り込んだ山梨県。県経営者協会の丸茂紀彦会長は「リニア開業で山梨活性化への期待値は高い。駅周辺の計画づくりに慎重さは必要だが、開業まであと10年に迫る中、早く将来像が見たい」と語った。