1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 【ひとすじ】病得て第二の音楽人生 

ピアニスト・山田秀俊
【ひとすじ】病得て第二の音楽人生 

社会 | 神奈川新聞 | 2017年6月15日(木) 11:56

自宅でピアノの前に座る山田さん。中学生のときに初めて弾いてから、約50年間鍵盤に触れ続けている=横浜市港南区
自宅でピアノの前に座る山田さん。中学生のときに初めて弾いてから、約50年間鍵盤に触れ続けている=横浜市港南区

 アーティストのレコーディングに参加し、演奏するスタジオミュージシャン。そのピアノ奏者として一時代を築いた山田秀俊さん(65)=横浜市港南区=が、ピアノ弾き語りのライブ活動と、オリジナルの曲作りという新たな挑戦を始めた。60代を迎えてから「長年の夢」に取り組んだきっかけは、パーキンソン病を患ったこと。「ずっと人のために弾いてきたが、自分のために弾く」。病気と付き合いながら、生き生きと鍵盤をたたいている。

 

♪独学

 
 流れるような滑らかなピアノの音と、伸びやかな高音の歌声。山田さんが昨年3月に自主制作したCDアルバム「HOW DO YOU DO?」には、ピアノだけのインストゥルメンタル曲を含む15曲が収められている。いずれも明るくポップだが、その背後にさみしさや悲しみが透けて見えるような曲調だ。

 歌と演奏だけでなく、作・編曲、バックコーラス、プロデュースも山田さんが手掛けた。ボーカル曲の歌詞はすべて英語。「自分と同世代の男が若い女性におぼれるテーマの歌なので、英語の歌詞をつけてもらった。日本語だと生々しいでしょう」。そう言って楽しそうに笑う。

 1970年代から40年にわたりスタジオミュージシャンとして活動する大ベテラン。だが、意外にも「ピアノは独学」だという。小学生のころから音楽が好きで、中学校に進むと両親に頼んでピアノを買ってもらった。初めて鍵盤に触れた時、思うままに手を動かすと即興で曲が弾けた。加山雄三さんやグループサウンズの流行曲も、1、2回聞くとピアノで再現できた。合唱曲をアレンジして級友に歌ってもらうなどして楽しんだが、「ピアノで飯を食うなんて、思ったこともなかった」と言う。

 

♪転機

 
 転機は、慶応大学でフランス文学を学んでいた20歳ごろ。学生生活に魅力を感じず、キャンパスから足が遠のいた時期に、同じ大分県出身で、地元でも知り合いだった南こうせつさんに誘われた。「『かぐや姫』のライブでピアノを弾いてくれないか」。大勢の観客が集まる会場での演奏は初めてだったが、「楽しい気持ちが大きかった」と振り返る。そこから、ピアノで声が掛かるようになった。

 スタジオミュージシャンの仕事ではその場の雰囲気を重視し、アレンジの変化を口頭で伝えられる。何を求められているのかを判断し、すぐに答えを出さなければいけない。それが山田さんのスタイルに合った。多忙だった80年代は、1日に複数のスタジオで仕事をするのは当たり前。朝まで録音することも珍しくなかった。


1987年ごろの山田さん。さまざまなジャンルの歌手のレコーディングに携わった(山田さん提供)
1987年ごろの山田さん。さまざまなジャンルの歌手のレコーディングに携わった(山田さん提供)

 松田聖子さんの「青い珊瑚礁(さんごしょう)」、長渕剛さんの「乾杯」、さだまさしさんの「関白宣言」…。数々の大ヒット曲で、山田さんがピアノを弾いている。ほかにも中森明菜さん、中山美穂さん、浜田省吾さん、大瀧詠一さん、MISIAさん、EXILEら、さまざまなアーティストのレコーディングに参加した。「ピアノのアプローチを変えると、アーティストの歌ががらりと変わる。それが面白い」と山田さん。2000年ごろからはライブでの演奏にシフトし、森山良子さん、谷村新司さんのコンサートツアーにも帯同した。

♪異変



 体調に異変を感じたのは、還暦を迎えた12年ごろだった。

この記事は有料会員限定です。

月額980円で有料記事読み放題/100円で24時間読み放題のコースも。詳しくはこちら

ピアノに関するその他のニュース

社会に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング