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障害者殺傷事件考
時代の正体〈478〉精神保健福祉法改正案に反対の声 「障害者差別、法で助長」

社会 | 神奈川新聞 | 2017年6月2日(金) 13:11

記者会見に臨む関口さん(右端)ら=4月、厚生労働省
記者会見に臨む関口さん(右端)ら=4月、厚生労働省

【時代の正体取材班=草山 歩】措置入院退院後のいわば患者監視などを盛り込んだ精神保健福祉法の改正案に、当事者団体などが相次いで反対姿勢を示している。相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で昨年7月に発生した殺傷事件がきっかけとなった経緯があり、「事件は精神障害が原因との印象を与える」と批判。退院後支援に警察が関与する点などを踏まえ「監視対象とみなしている」「差別を助長しかねない」と抗議の声を上げている。

 「例えば、身体障害者が銃で人を撃ったとしても『障害』が問題になることはない」

 4月、厚生労働省で開かれた記者会見。そううつの精神疾患があり、都内の支援事業所でピアカウンセラーを務める関口明彦さん(64)=東京都中野区=は「精神障害者にも同じことが言えるはず。改正案の成立は、あの惨劇はあたかも精神障害者が起こしたという印象をより強く与えてしまう」と訴えた。

 改正案は、自傷他害の恐れがあるとして措置入院した患者の退院後支援の充実が狙い。最大の問題は、退院後に自治体や警察などが患者の生活に関与を継続して行うことを定めている点だ。

 厚労省が当初提出した改正案には「改正の趣旨」として「二度と(相模原殺傷事件と)同様の事件が発生しないよう(中略)法整備を行う」と記載。そのまま2月に閣議決定した。しかし審議が始まった4月に入り、外部からの指摘などを受け、塩崎恭久厚労相が謝罪し、「不適切」として削除する異例の事態をたどった。

 事件と精神疾患の関係は明らかになっていない。殺人罪などで起訴された元施設職員の被告は昨年2月、約2週間措置入院し、退院から約5カ月後に事件を起こした。だが、事件後の精神鑑定では「完全責任能力がある」と判断され、起訴された。

 政府は「精神障害者の犯罪防止が目的ではない」と強調する。しかし、肝心の法案の内容はほとんど変更されていないため、反対する関係者は「実質的には改正趣旨の取り消し前と変わらぬ審議が継続されている」と口をそろえる。

 全国95団体で構成する障害者団体「DPI(障害者インターナショナル)日本会議」は4月、「医療を治安維持に使うといった重大な問題を含んでおり、さらに審議途中で改正の趣旨が削除されるなど看過できない」との反対声明を発表。NPO法人日本障害者協議会も同月に「精神障害者の差別・偏見を助長し、権利侵害の危険性のある法案を廃止し、当事者参画のもとでの再検討を求める」と緊急アピールを行った。

 杏林大学の長谷川利夫教授(精神障害作業療法学)は「事件後の『なぜ、もっと長く措置入院をさせなかったのか』という論調に危機感を覚える。精神障害者は病院に閉じ込めろという話に飛躍しないか」と懸念。「事件の翌日には措置入院が問題視され、約2週間後には措置入院に関する検討会が厚労省に設置された。原因も分からないうちに問題点と決めつけるのは明らかな差別」と拙速な判断を批判している。

「支援」装った社会防衛
内田 博文・九州大名誉教授


内田博文名誉教授
内田博文名誉教授

 相模原の障害者殺傷事件について国が昨年12月発表した報告書では、措置入院先からの退院後に支援を継続的に受けられる確実な仕組みがあれば、事件の発生を防げた可能性があるという認識が示されている。

 しかし、ここでいう「支援」は、再発防止のための隠れみのにすぎず、本人の希望や意向を尋ねることさえない。本人を主体的に支援するのが目的ではなく、実質的には措置入院の対象になった人に犯罪をさせないための防犯や再犯防止が目的となっている。



 2001年、大阪教育大学付属池田小学校で児童らが殺傷された事件の加害者に精神疾患が疑われたことから、精神医療を社会防衛の方向にかじを切った心神喪失者等医療観察法が03年に成立。殺人など重大な犯罪を行い、精神障害などで不起訴処分や無罪判決を受けた者に対象が絞られてはいるものの、再発防止を図るため医師のチェックを定期的に受ける医療観察制度などが定められた。強制医療の法制化や拡大は、突発の事件によって差別や偏見の感情をより強めた世論を追い風に進められているのが実情だ。

 今回の法改正は、措置入院の解除や退院から通院に至る過程に「警察を含む」関係行政機関と医療機関などによるネットワークを構築し、退院後に継続的な医療や支援を確実に受けるよう監視や指導を行うというものだ。精神保健福祉法は「対象者の保護」が趣旨のはずだが、今回も実質的な運用は大きく社会防衛に傾いている。

 本来、強制的な入院治療は最後の手段。刑法37条の「自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため」といった緊急避難などの要件を満たす必要があるが、本人の意思にかかわらず、自傷や他害の恐れがあれば強制的に入院させられている。

 加えて、強制入院となっても有意義な治療が用意されているわけでもなく、「不法監禁」や「虐待」も依然として起きている。

 国際的な流れは脱施設・地域医療化、任意医療化に向かっているにもかかわらず、今回の法改正は時代に逆行している。14年に日本も批准した障害者権利条約は強制入院の全廃を求めている。同条約14条で強制入院は「障害を理由にする自由の剥奪」に該当する。



 精神医療にあるべき方向性は、患者の尊厳や自己決定権を守ることなど、患者の権利のはず。それが事実上、措置入院は治安維持のための制度になっている。

 21世紀になってもう16年。今、政府に求められるのは差別や偏見に基づく施策に終止符を打つことではないか。精神障害者の権利擁護と社会的な障壁を取り除く「合理的配慮」の実現を図ること、そのための法改正をすべきではないか。

 

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