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慶応大名誉教授・小沼通二さんに聞く
【軍事研究考】「科学者も主権者」

社会 | 神奈川新聞 | 2017年5月30日(火) 10:36

「決して(軍事研究禁止に)一枚岩だったわけではない」と学術会議の議論を振り返る慶応大の小沼通二名誉教授=4月19日、横浜市港北区の慶応大日吉キャンパス
「決して(軍事研究禁止に)一枚岩だったわけではない」と学術会議の議論を振り返る慶応大の小沼通二名誉教授=4月19日、横浜市港北区の慶応大日吉キャンパス

 科学者の戦争責任を胸に刻み、再び軍事に接近しつつある学界に警鐘を鳴らす物理学者がいる。ノーベル賞受賞者の朝永振一郎ら戦時を生きた学者と親交を結んだ慶応大名誉教授、小沼通二さん(86)=横浜市栄区。科学者を代表する国の特別機関、日本学術会議は3月、軍事研究を行わないとする従来方針の維持を示したが、形骸化の懸念は拭えない。小沼さんは言う。「学問と社会の関係を、研究者は考え続けなければならない」
 

意図は明確


 「この制度は『軍事にも役立つ民生研究』では決してない。軍事研究の第一段階に他ならない」

 小沼さんは4月、慶応大の教員有志でつくる軍学共同問題研究会の会合で、軍事転用可能な基礎研究に助成する防衛省の公募制度について、その「真の狙い」をこう解き明かした。

 公募制度は2015年度にスタート。当初3億円だった予算は17年度、110億円に膨れ上がった。こうした状況を受け、学術会議は昨年6月から今年3月にかけて「安全保障と学術に関する検討委員会」を開催。小沼さんは毎回出席して議論をウオッチし、昨年12月には説明者の一人として発言もした。

 通常の研究と軍事研究の間には明確な違いがある、と小沼さんは説く。「優れた研究はその成果が多くの研究者に利用され、次々に波及していく。だが…」。軍事研究は兵器という最終目標のために“逆算”して必要な技術を探し、囲い込む。つまり、研究が進むほど閉じていくのだ。

 これまで公募制度に採択されたのは、水中移動体バブルコーティング、多孔性ナノ粒子集合体による吸着・分解、酸化物原子膜の活用など。それぞれ水中ドローン、毒ガス対策、ステルス機に活用できるという。「研究費に困った大学の先生に、防衛省がお情けで援助するのではない。彼らの目的のためだ」
 

政府の干渉



 3月の声明は、公募制度を名指しして「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と批判した。その根拠は、学問の自由を保障した憲法23条にある。

 「介入」とは、採択された研究プロジェクトごとに防衛装備庁の専属の担当者(プログラムオフィサー、PO)が付くことを指す。POは研究の方向性を指導し、進捗(しんちょく)状況を管理、場合によっては研究自体を中止する権限を持つ。

 軍事研究が「閉じていく」という小沼さんの指摘は、既に現実のものとなっているのだ。

 批判を受けた防衛省は17年度、公募制度の要領で「研究成果の公表は制限しない」「成果の特定秘密指定はない」「POによる研究への介入はない」と強調。「研究実施者の意思に反して研究計画を変更させることはありません」と記し、不安感の払拭(ふっしょく)に務めている。

 だが「POの権限がゼロになったわけではない」と小沼さんは注視を続ける。
 

「抜け道」も


 声明は軍事研究に一定の歯止めを設けたかに見える。「確かに、公募制度への応募は望ましくないというニュアンスを盛り込むことはできた。だが、学術会議には応募を止める権限は何もない」。小沼さんはそう解説する。

 そこで声明は、大学や学会に対し、軍事研究との関わりについて議論を深めるよう求めた。「大学等の各研究機関は(略)軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について、その適切性を(略)審査する制度を設けるべきである」

 声明に先立ち、法政大はいち早く基準を定めた。1月に公募制度への応募を「当分の間認めない」と決定。軍事研究を「武器・防衛装備品の開発、またはそれへの転用を目的とした研究」と定義した上で「軍事研究や人権抑圧等人類の福祉に反する活動は、これを行わない」とする指針を設けた。

 この指針に関する3月のシンポジウムでは、田中優子学長が「(軍事研究は)持続可能な地球社会の構築を目指す本学の使命と対極にあり、本学の存立基盤を揺るがす」と明言した。

 半面、骨抜きの懸念もある。学術会議の大西隆会長が学長を務める愛知県の豊橋技術科学大は、声明発表の2日前に独自基準を策定。「戦争を目的とした研究」を禁じる一方で「安全保障に係る研究の申請」の可否を、同大理事が判断できるとした。大西会長は従来、専守防衛の研究は許容すべきだと主張してきた。

真摯な議論



 声明に対しては、北朝鮮情勢などを挙げ「象牙の塔にこもった学者の浮世離れした発想だ」との批判もある。実際、今回の声明は公募制度への対応が主眼で、国防に学問がどう関わるべきか、という根幹部分には触れなかった。「あえて逃げた面はある」というのが、議論を見てきた小沼さんの感想だ。

 そう認めた上で、小沼さんは「研究者一人一人が、社会とともに真摯(しんし)な議論を続けなければならない」と訴える。

 念頭にあるのは、戦時下の「学問の総動員」と、戦争を経験した二人のノーベル物理学賞受賞者の姿だ。

 学術会議の前身ともいえる学術研究会議は、大戦中の1943年に科学研究動員委員会を設置。音響、磁気、電波などを応用した兵器開発で「国民総武装」を提唱した。

 戦時中に核開発に動員された湯川秀樹は戦後、次の歌を詠んだ。
〈この星に人絶えはてし後の世の永夜清宵(せいしょう)何の所為ぞや〉。核兵器で人類が滅びた地球にとって、この永い夜、清らかな宵は何のためにあるのか-。「湯川の後半生を貫いた思想の原型だった」と小沼さんは説明する。

 同じく戦後「核兵器は政治や外交の問題であるとともに、自然科学の問題でもある」と言ったのは、朝永振一郎だった。研究するだけでなく、専門外の人々にその意味を伝えていく、という学問の社会的責任を説いた。

 この言葉に動かされ、平和運動に身を投じてきた小沼さんは、軍事研究の今後を見通す。「100パーセント防ぐ方法はないだろう。その中にあっては、大学に入ってくる全ての外部資金の透明性を高めなければならない」。市民生活の向上を純粋に志したものか、それとも、それを隠れみのにした軍事研究か。議論し、判断する材料にするためだ。

 「政治から距離を置くわけにはいかない。なぜなら、私たちは主権者だからだ」

 ◆防衛省の公募制度 2015年に始まった「安全保障技術研究推進制度」。軍事応用可能な基礎研究を対象に15年度3億円、16年度6億円を支出し、計153件の応募があり19件が採択された。17年度の助成枠は5年分で110億円に急増し、今月末まで募集中。政府にとっては新技術を発掘する手間を省き、効率的に装備開発に反映できるメリットがある。

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