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養蚕の縁で交流、群馬・旧六合村に証しの石碑/横浜

社会 | 神奈川新聞 | 2010年4月25日(日) 10:49

かつて養蚕の地として知られた群馬県の旧六合村(くにむら)。この地に、同村と横浜市との交流の証しの石碑が設置され、近く除幕式が行われる。ギタリストで写真家の篠崎洋子さん=横浜市磯子区=は、設置のための資金集めに村民とともに奔走。石碑には、篠崎さんが旧六合村の昔に思いをはせて作った歌が彫られている。

♪トントントン 六合村の トントントン おん爺(じい)の昔を聞いとくれ 白砂川の山奥に 小っちぇ 六つの村が ほれ 合わさって ほれ あったげな

篠崎さんの作った「六合の昔」という歌。かつて使われていた村の方言や、なくなった村の地名、忘れられた生活文化などを歌詞に織り交ぜ、狭い音域で誰にでも歌いやすいように仕立てた。

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横浜もかつては養蚕で栄えていた。「横浜の養蚕は衰退したけれど、どこかで養蚕文化を守っている人がいるはず…」。そう信じて探し続けていた篠崎さんは、4年前にテレビで養蚕文化が根付いていた六合村の存在を知り、すぐに現地へ。

同村でも養蚕は行われていなかったが、養蚕していた当時の家屋は残っていた。村民がそこに住んで建物群を保存し、村の赤岩地区は国の重要伝統的建造物群の保存地区に指定されている。

「出会った人たちは自分たちの養蚕文化を守りたいという意識が強かった」(篠崎さん)。村の景色や人に魅せられた篠崎さんはその後も村に通い詰め、民家に泊めてもらうなど優しくしてもらった。お礼に村の歌を作詞・作曲。村の神社に歌を奉納し、村の祭りで歌を披露するなど、村民との親交を深めてきた。

2008、09の両年には村民を招いて横浜市内でコンサートを開催。村のために作った歌を披露し、村民に養蚕の必要性や村に伝わる昔話を語ってもらった。

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だが、ことし3月28日。村は隣接する中之条町に吸収合併され、110年続いた村の名前が消えた。「村がなくなっても、この歌はみんなの心の中にいてくれるだろう」。そんな思いで村のために作った4曲目の歌が「六合の昔」だ。

篠崎さんや村民らは、コンサートや全国の寄付金、村民の協力金などで集まった計約50万円で、村に石碑を設置。石碑は、蚕の像の上に立つ、白い御影石で作った幅2メートルの繭の形。「六合の昔」の歌詞が彫られている。

「篠崎さんは六合村のために心を注いでくれた」と旧六合村民で「六合村の文化を守る会」事務局の山本茂さん(71)。「村がなくなってしまう寂しさや郷愁があるが、村の自然や歴史や人間性を大事にしていきたい。碑を一つの証しとして子どもたちに語り継いでいきたい」とも。

篠崎さんは言う。「住民は強い人たち。養蚕文化は守られていくと確信しています」。5月3日に村で石碑の除幕式が開催される。篠崎さんはギターを手に「六合の昔」を披露する。

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