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源頼朝が逃亡した史実が残る海岸、新たな観光名所にしようと研究会発足へ/真鶴町

社会 | 神奈川新聞 | 2010年2月26日(金) 10:51

源頼朝が船で逃亡した史実が残る岩海岸=真鶴町岩
源頼朝が船で逃亡した史実が残る岩海岸=真鶴町岩

源頼朝が船で逃亡した史実が残る真鶴町岩の岩海岸。この史跡を新たな観光名所とするため、町は2010年度、識者らによる研究会を発足させる。子どもたちへの郷土史の継承も狙いだ。

1159年の平治の乱で伊豆国(静岡県)に流罪になった頼朝は、以仁王(もちひとおう)の命令で1180年に挙兵。石橋山(小田原市板橋)の合戦に大敗後、箱根山中に逃れた頼朝が安房(あわ)国(千葉県)に船出したのが岩海岸とされる。

近くには「源頼朝開帆碑」が立ち、頼朝が潜伏した「しとどの窟(いわや)」や、湯河原の武将・土肥実平(どいさねひら)が頼朝の再起を願って歌い踊った「謡坂(うたいざか)」がある。

研究会による調査・研究は2~3年計画を予定し、10年度当初予算案に5万円を計上した。メンバーは郷土史家や町民ら4人を検討。年3回集って史実を整理するほか、観光事業に結びつける方策などを話し合う。町は「町の歴史財産を後世に受け継ぎたい」としている。

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