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「悲しくて涙出る」太宰ファン言葉失う 「斜陽」舞台が全焼

社会 | 神奈川新聞 | 2009年12月27日(日) 12:16

 「支那(しな)ふうのちょっとこった山荘」。太宰治がこう表現した雄山荘が夜明け前、「バリバリ」とごう音を立てて炎に包まれた。文学史に残る傑作を生んだ「斜陽の家」。「悲しくて涙が出る」。太宰ファンは、やり場のない感情に唇をかんだ。

 近くに住む曽我賢一さん(72)は「20メートルぐらいの高さまで火柱が上がっていた」と、出火時を振り返る。キリの紋飾りが施された門はかろうじて原形をとどめた。

 身をかがめてこの門をくぐった太宰は、せり出した板に頭をぶつけ、「あっ、痛てっ」。借家人による著書には、こんな逸話が残されている。

 西に富士山、南に相模湾を望み、梅林に囲まれた雄山荘からの眺めは、「朝も昼も、夕方も、夜も、梅の花は、溜息(ためいき)が出るほど美しかった」(「斜陽」の一節)。静子も「お座敷からの眺めは絵のように美しく」と「斜陽日記」につづった。

 「斜陽の家はもうないのか…」。真向かいに住む西久保禎彦さん(72)はうつむき、「斜陽」に登場する庭池で「天真らんまんな静子さん」と遊んだ思い出に浸った。食糧不足の戦時中、米や野菜を分け合ったこともある。

 休日には、多くのファンが訪れていた。市民らが市に雄山荘の保存を求めた1993年、署名は4千人に及んだ。その一人、田中美代子さん(84)は「あまりのショックで立てなかった」と嘆く。

 昨年が太宰の没後60年、今年は生誕100年。太宰と静子の娘で、雄山荘に3歳10カ月まで住んでいた作家の太田治子さん=川崎市麻生区=は今年、両親を回想した本を出版した。「五右衛門風呂が怖かったこと、大きなハス池にはまって母に助けられたことを思いだす。両親と向き合った節目に焼失するなんて…」と話した。

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