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真屋求さんが死去 第3次厚木爆音訴訟の原告団長

社会 | 神奈川新聞 | 2017年5月2日(火) 10:20

原告団長を務めた第3次訴訟で、国の上告断念を受け笑みを浮かべる真屋さん=2006年7月
原告団長を務めた第3次訴訟で、国の上告断念を受け笑みを浮かべる真屋さん=2006年7月

 在日米海軍と海上自衛隊が共同使用する厚木基地(大和、綾瀬市)の航空機騒音をめぐる「第3次厚木基地爆音訴訟」の原告団長の真屋求(まや・もとむ)さんが4月30日午後7時39分、急性肺炎のため座間市内の病院で死去した。90歳。香川県出身。通夜は5月9日午後6時から、葬儀・告別式は10日午前11時から大和市西鶴間6の1の5、大和総合ホールで。喪主は次男有英(ありひで)さん。

 2002年10月の第3次訴訟横浜地裁判決は、基地騒音訴訟としては当時、過去最高の賠償額を国に命じた。


◆人柄惜しむ声 航空機騒音との闘いを貫く

 「人に言うだけではなく自らも動き、みんなを見守っていてくれた」「純粋で真っすぐ。信念に沿って生きた方」。関係者が口にする芯の強い人柄で、5千人を超える第3次訴訟の原告団を引っ張った。

 1960年3月、都内から厚木基地の北約1・5キロの大和市内に転居した。「厚木基地は厚木市内にあるはずだ」と思い込み、住み始めてから米軍のジェット機の音を知った。

 転居を考えていた61年10月。当時6歳の長男が踏切ではねられ、亡くなった。踏切に遮断機も警報もない時代、頭上を飛ぶ米軍機のごう音が、電車が近づく音をかき消していた。

 「子どもの血が染みこんだこの土地を離れることはできない」と厚木基地爆音防止期成同盟の立ち上げに参加。委員長も務め運動の象徴の一人だった。団長を務めた第3次訴訟では「騒音は違法」との判決を勝ち取った。

 準備中の第5次訴訟実行委員会の大波修二委員長は、面倒見がよく、周囲から慕われる温厚な人柄が印象に残っている。航空機騒音との闘いでは「正しいことへ驀進(ばくしん)する姿勢に影響を受けた」と話し、死を惜しんだ。

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