1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 特定秘密保護法案を問う(9):冤罪生んだ権力の乱用、横浜事件元被告の遺族らが訴え

特定秘密保護法案を問う(9):冤罪生んだ権力の乱用、横浜事件元被告の遺族らが訴え

社会 | 神奈川新聞 | 2013年11月26日(火) 12:40

戦時下最大の言論弾圧とされる「横浜事件」で治安維持法違反に問われ、有罪判決を受けた元被告の遺族らが、特定秘密保護法案に反対している。秘密の範囲が曖昧なため、治安維持法がそうであったように権力の乱用を招く恐れを抱いているからだ。あの時代の再来を許してはならない-。歴史を踏まえ、法案に潜む危険性を訴える。

父の無実が証明された再審裁判から3年余り、斎藤信子さん=横浜市中区=は、再びあの母の姿を思い出すことになるとは考えてもいなかった。

「母は『怒りで目から火が出た』と言っていた」

第1次再審請求を退ける通知が裁判所から届き、体を震わせた母の小野貞さん。その姿に権力が内在する暴力性を知る。「再審裁判が終わってほっとしていたところだったのに…。母をずっと見てきた身として、黙ってはいられなかった」。特定秘密保護法案の審議が進むなか、反対の声を上げようと決めた。

父、康人さんは雑誌「改造」の編集者だった。1943年5月、県警察部特高課に逮捕された。前年に掲載された論文が共産主義の宣伝をし、共産党再建を企てる会議に参加したという容疑だった。

でっちあげだった。論文は日本の民族政策を批判する内容で、会議も編集者たちの慰労旅行にすぎなかった。

敗戦直後、小野さんが書いた口述書には、特高課員から受けた拷問の様子が記されている。

「『殺す! 殺す!』と叫びながら、私の髪を捉えて、引据え、額をコンクリートに打ちつけると、私はがっくりとなってしまいました。(中略)やむを得ず、『改造の仕事がいけないのなら仕方がありません。貴方の言うように認めますから早く刑務所へ送って下さい』と言ったのです」

では、国の安全保障にかかわる情報の漏えいを防ぐための法案のどこに、かつて共産主義運動を取り締まった希代の悪法の亡霊を重ね見るのか。

遺族と支援者でつくる「横浜事件を語り、伝える会」のスタッフで、出版社「高文研」前代表の梅田正己さんは「人々を問答無用に検挙した治安維持法は『目的遂行ノ為ニスル行為』という条文が拡大解釈された。行政の長の一存で秘密の指定ができる今回の法案は、権力の側が恣意的な運用ができる点で本質は同じだ」と指摘する。

冤罪を生んだ権力の暴走。その恐ろしさを生身の体に刻むからこそ見える行く末があった。86年、元被告たちは「自分たちのような被害者を出す社会にしてはいけない」と再審請求に立ち上がっていた。中曽根康弘政権が今回の法案にも通じる国家秘密法(スパイ防止法)の成立を目指したのは、その前年だった。

父を含む元被告は全員鬼籍に入り、母も他界した。斎藤さんは「当時より状況は悪くなっている。戦時中を知る世代が減り、国民も、政治家や官僚自身も権力というものへの危機感が薄すぎる」と嘆く。

一人一人が自分に関わる問題だと感じてもらうためにはどうしたらいいか。記者の問いに、しばし思案したのち、こう答えた。

「父はとてものんきな人でした。政治的な思想を振りかざして何かを言おうとする人じゃなかった。たまたま雑誌の仕事をしていたために、あんな目に遭った。今回の法案も、ジャーナリストや公務員だけの問題じゃない。普通の人々にも影響が及ぶことになるのです」

◆横浜事件

1942年から終戦にかけ、雑誌編集者や新聞記者ら60人以上が共産主義活動をしたとして、県警察部特高課(当時)に治安維持法違反容疑で逮捕された事件。横浜市内の警察署で取り調べられたことから名付けられた。30人以上が起訴され、有罪判決を受けた一方、戦後、拷問を加えたとして特高課員3人が有罪判決を受けた。元被告や遺族らは86年以降、4度にわたって再審を請求。3次、4次請求について、横浜地裁は2006年と09年、有罪無罪を判断せずに裁判を打ち切る免訴判決を言い渡し、確定した。10年2月、同地裁は、共産主義活動の不存在や虚偽自白を理由に「実体判断が可能なら元被告5人は無罪」と認定。遺族に刑事補償金が支払われた。

1次、2次、4次の再審裁判で弁護団事務局長、団長を務めた大川隆司弁護士は、特定秘密保護法案と治安維持法が「適用の限界が分からない」点で類似していると警鐘を鳴らす。

今回の法案で着目するのは「我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるものを特定秘密として指定するものとする」という一文だ。

大川弁護士は抽象的な表現に「何が『著しい』のか曖昧で、『恐れがある』といわれたら何でも秘密にできる」との危惧を抱く。

拡大解釈に走る権力の本質は歴史が教える。

治安維持法が制定された当時、政府は「取り締まり対象は国体変革などの目的を直接追求する行為」と説明し、乱用の恐れを否定していた。

しかし、共産主義運動を取り締まるための条文「結社ノ目的遂行ノ為ニスル行為」の範囲が無限に広がった。国体の変革、つまり天皇制打倒を直接目指していなくても、結果的にそれに結び付く行為は処罰できると当時の最高裁も判断を示した。

「診察に訪れた患者を共産党員と知りながら治療した医者が逮捕された。患者が元気になり、党活動が活発になるのを助けたという理由で、だ。すぐに国体変革につながらなくても、究極的にはそういう方向性を持っているという解釈で法律違反だとされた。そういう論理なら飲食店も、印刷業も取り締まりの対象になる」

当時、共産党員は千人に満たなかったが、摘発を受けたのは10万人に上るとの研究もある。

乱用を生む余地は法案にも当てはまる。「例えば山奥のダムや発電設備。毒が投げ込まれるとか、施設を壊されるとか、テロの対象になるといえば何でも当てはめられる」

危惧するのは、その先に待つ社会の息苦しさだ。

法案では公務員以外にも秘密を扱う民間人の適性調査を義務付ける。調査は家族や親きょうだいにまで及ぶ。

秘密の範囲が広がれば、扱う職業の範囲も調査対象も広がっていく。「人々の情報を政府が収集し、隅々まで把握しているという気味の悪さ。そうした支配的な雰囲気が広がれば、政府を批判する活動がやりにくくなり、自粛につながっていく」

言論の自由が憲法で保障されているいま、弾圧は許されない。だが、情報統制の先に訪れる社会の変質により、封じられていく言論がある。治安維持法と法案は、やはり重なっている。

【神奈川新聞】

裁判所に関するその他のニュース

社会に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング