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がん治療、「現代のトロイの木馬」とは 東大大学院・片岡教授

社会 | 神奈川新聞 | 2013年11月25日(月) 11:18

ナノマシンによるがん治療の可能性を語る片岡教授
ナノマシンによるがん治療の可能性を語る片岡教授

「いつでもどこでも誰にでも」の理念を掲げ、革新的ながん治療の研究が東京大学大学院で進められている。ナノテクノロジーを用いて抗がん剤を直接がん細胞に届ける「ドラッグデリバリーシステム」(DDS)、またの名を「現代のトロイの木馬」-。2014年度に川崎臨海部で稼働するものづくりナノ医療イノベーションセンターが研究拠点となる最先端の医療技術とは、いかなるものか。

そもそもの着想は、高校時代に見た映画「ミクロの決死圏」だったという。脳出血で倒れた博士の命を救うため、ミクロ化した医師と科学者が特殊潜航艇で博士の脳の中に入り込み、治療に奮闘する1966年公開のSFだ。

「もちろん、生身の医師をミクロ化するのは不可能。だから『ナノマシン』を作る必要があるのです」

研究グループを率いる片岡一則教授は、いたって真面目に言葉を継いだ。

「ギリシャ神話のトロイの木馬をご存じですよね」

ときは古代、舞台はギリシャとトロイとの戦争である。

ギリシャ軍は撤退をみせかけるため、大勢の兵士が隠れた巨大な木馬をトロイの町に置き去りにする。欺かれ、歓喜に湧くトロイの人々。その不意を突き、木馬から現れたギリシャ兵はまんまとトロイ陥落に成功する-。

一体、このだまし討ちの逸話とがん治療がどう結び付くのだろう。

「この木馬こそ、われわれが開発した数十ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)というナノマシン、つまり血管の中を進み、薬剤をがん細胞まで運ぶ輸送体なのです」

薬剤を閉じ込めたカプセル状のナノマシンを、兵士が潜んだ木馬になぞらえているようだ。

□関門を突破せよ

依然、日本人の死因1位を占めるがん。治療法の一つが抗がん剤の投与だが、毒性が正常な細胞にも行き渡り、副作用をもたらす欠点がある。

「単純明快な解決法は、薬をがん細胞にのみ届けること。だが、薬自体には自ら標的に向かっていく機能はない。だから人間の手でその機能を付け加える必要がある」

そこで用いたのが工学の手法、それも日本が得意とするナノテクノロジー(超微細加工技術)だった。

静脈注射で送り込んだナノマシンが、がん細胞に到達するまでには突破しなければならない関門がある。

人体には、異物を感知するとはき出そうとする機能がある。そのためなるべく小さくする必要がある。ただ小さすぎても、大きすぎても腎臓で排出されてしまう。さらに、狙い通りにがん細胞で作用するには、その近くの血管から外へ出なければならない。

がん細胞付近の血管は目が粗くなっていることで知られる。がん細胞は成長が早く、それだけ血液から栄養を取り込んでいるからだ。ナノマシンのサイズをちょうどこの隙間に入り込むように設計すれば、がん細胞だけに届く。

10ナノ刻みの調整を可能にするのは、高い工学技術があってこそだ。

残るは、どうやって薬を放出するか。

がん細胞は血管の隙間から侵入した輸送体を異物として認識。消化するための膜で取り囲むが、輸送体はこの機能を逆手に取る。強い酸性にカプセルが反応し分解、薬が放出されるというわけだ。

「敵の手で本殿にまつられたトロイの木馬から兵士が現れたように、血液の流れでがん細胞の核にたどり着いたナノマシンから一斉に抗がん剤が放たれ、総攻撃するのです」

□見据える「変革」

〈難治膵臓がんの標的治療に成功した〉

今年6月、米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載された論文は、ナノマシンを使ったがん治療の実用化が近いことを内外に示した。5年生存率が最も低い膵臓がんで可能性を証明したことに意味があった。

すでに動物実験から人への応用段階に入り、現在5種類の臨床試験が実施されている。再発乳がんを対象にした臨床試験は最終段階に入っており、2、3年以内の実用化を見込む。

人類が生み出した医療機器は、紀元前の松葉づえに始まり、体外型人工肝臓(1943年)、体内型人工心臓(82年)、カプセル内視鏡(2001年)と20世紀に入って急速な進歩を遂げた。医療と工学の融合はまた、新たな領域を切り開く可能性を秘める。

既存の技術を組み合わせ、応用する柔軟な発想の根底には、医療の高度化に伴い高額化する在り方への懐疑があった。

「工学の目的は、高付加価値な製品を均質に量産化すること。この治療法が確立すれば、大規模な医療施設や高額な医療機器を用いることなく、必要な場所で、必要な時に、必要な量を投与することができるようになる。量産効果によって治療費が低く抑えられ、医療費低減にもつながる」

異能の研究者は、新たな産業の創出、社会保障費の抑制ばかりでなく、格差の解消という社会の変革をも見据えている。

◆ナノ医療の手法を確立

片岡教授は東大工学部、同大学院で、工学の本流である有機合成化学を研究。しかし、博士課程に進む段階で、未開拓分野の医療用素材の開発、バイオマテリアルの道を選んだ。

ナノマシンの源流となったのが、1980年代後半ごろから着手した高分子ミセルの研究。研究成果は海外で注目されるようになり、材料工学と先端医学を融合した「ナノ医療」の手法を確立した。

東大大学院工学系マテリアル工学専攻と医学系疾患生命工学センターの教授を務める。ものづくりナノ医療イノベーションセンター研究リーダー。ナノテクノロジーで優れた成果を挙げた研究者をたたえる江崎玲於奈賞、ドイツの権威ある国際学術賞・フンボルト賞など受賞多数。1950年生まれ。

【神奈川新聞】

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