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幻の「周ピアノ」帰郷、1世紀ぶり中華街へ、愛知の所有者が学校に寄贈/横浜

社会 | 神奈川新聞 | 2013年5月11日(土) 11:56

横浜中華街で1910年代から製造されたものの、現在はほとんど残っておらず“幻のピアノ”とされる「周ピアノ」が10日、中華街の一角にある横浜山手中華学校(横浜市中区)に寄贈された。愛知県内の民家に眠っていた貴重な1台で、同校の依頼で専門業者が4年ほどかけ製造当時に近い形に修復。同校は11日にセレモニーを開き、1世紀ぶりの“帰郷”を祝う。

横浜開港資料館によると、このピアノは、中国・上海でピアノ製造技術を身に付けた華僑の周筱生(しょうせい)氏が1910年代から横浜中華街で製造を始めたもので、関係者の間では「周ピアノ」と呼ばれている。

周氏が関東大震災で亡くなった後、息子が跡を継いだが、45年の横浜大空襲で工場が焼失し、製造が途絶えた。周氏が手掛け、「S.CHEW」の刻印が目印の初代周ピアノは約300台が製造されたが、現在確認されているのは全国で12台のみという“幻のピアノ”だ。

横浜市内では、市歴史博物館が1台所蔵しているほか、今回のピアノを含めて4台が現存している。

今回のピアノを同校に寄贈したのは、愛知県安城市の主婦矢羽々みどりさん(65)。約40年前、保育士になるために近所の教員夫婦から譲り受けたが、2009年に実家を貸すことになり、ピアノを処分せざるを得なくなった。しかし「珍しい装飾や刻印が気になって処分できず」(矢羽々さん)、安城市歴史博物館や開港資料館に相談したところ、周ピアノと判明。しかも1910年代と初期に製造されたものだと分かった。

開港資料館が引き取り先を探したところ、名乗りを上げたのが同校。ピアノが壊れていたため、同校が費用を負担して、埼玉県入間市の工房に修理を依頼した。

担当したピアノ職人狩野真さん(49)は、弦をたたく部分に使うフェルトも無漂白のものを海外から取り寄せるなど、製造当時に近い材料を集めて、約4年かけて修理した。

セレモニーでは、同校の小中学生約500人のほか、周氏の孫らも出席し、同校の小中学生が周ピアノで中国の童謡などを連弾したり、周ピアノの伴奏で校歌を歌ったりして帰郷を祝う。同校を運営する学校法人の曽徳深理事長(73)は「透き通った素晴らしい音色で感動した。子どもたちもこのピアノを通じて、華僑の先輩のストーリーに関心を持ってくれれば」と話しており、今後は音楽の授業などで活用する予定だ。

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