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JR民営化30年<下> 「分断」の御殿場線

社会 | 神奈川新聞 | 2017年4月1日(土) 12:19

御殿場線でICカード乗車券が使えないことを示す横断幕=国府津駅
御殿場線でICカード乗車券が使えないことを示す横断幕=国府津駅

 「ここをデゴニが走ったらいいだろうなあ…」。JR山北駅近くに昨年9月オープンした「やまきた さくらカフェ」の店主、山田肇さん(56)は、桜並木の間を走る御殿場線を眺めながら夢を描く。デゴニとは駅近くに保存されている国内最大級の蒸気機関車、D52。昨年10月、圧縮空気の力で動輪2回転分(約9メートル)ながら、半世紀ぶりに動いた。

 山北は鉄道の街だ。全長7・8キロの丹那トンネルが1934(昭和9)年に開通するまで、御殿場線は「東海道線」だった。箱根の北側を迂回(うかい)し富士の裾野に抜けるルートは急勾配が連続する難所で、後押しの機関車が配置された山北には最盛期に700人超の鉄道員が働いたという。赤れんがで組まれたトンネルや橋など明治期の遺構も残る。


 汽車好きで知られた作家の内田百間(ひゃっけん)は「区間阿房(あほう)列車」で往時の活況を述懐した。「山北駅は山間の小駅なのに、大きな機関車庫があつて、逞(たくま)しさうな機関車が幾台も竝(なら)び、短かい煙突からもくもくと煙を吐いてゐた」

 時が流れて国鉄がJRになった今、御殿場線は違った意味で「難所」になっている。


会社の“壁”


 「ホームから改札口まで40~50人は並んでいたでしょうか、大行列でした」。横須賀市の根子権蔵さん(76)は、2月半ばの同線、松田駅の様子を説明する。河津桜の盛りで、平日にもかかわらず花見客が列をなしていたという。

 長蛇の列の原因はICカード乗車券。首都圏のほとんどのJRや私鉄で使えるスイカやパスモが、御殿場線の国府津-御殿場間では使えないのだ。横浜方面からスイカで来た客は窓口で一人一人、精算の手続きを受けねばならない。「4、5年前にも(同線の下曽我駅が最寄りの)梅まつりで同じ経験をしました。その時は20分ほど待たされたかな。まさか今もカードが導入されていないとは…」。根子さんはあきれる。

 ICカードが導入されていないのは、国鉄の分割民営化で同線の起点、国府津駅がJR東日本とJR東海の境界になったことが一因だ。沿線の10市町などは導入を足かけ10年も求めてきたが、JR東海静岡支社は端末設置やシステム改修の費用などを理由に拒否。自治体側が費用負担を提案しても首を縦に振らないという。

 「行列」について、同支社は「事前に切符を購入していただくのが大前提」とした上で、多客時に(1)車掌や駅員の増員(2)カード処理機の臨時増設-など対策を講じたと説明。「混雑はほぼ解消されたと考えている」との認識を示す。

 「東海道新幹線を走らせる天下のJR東海が不便を放置すれば、いずれ観光客にそっぽを向かれる」。沿線の男性は懸念する。

「地域優先」



 「国鉄が…あなたの鉄道になります」。翌年の分割民営化を目指し、国鉄改革の議論が大詰めを迎えていた86年5月22日の本紙をはじめ、地方紙や全国紙に載った自民党の広告だ。そこにこうある。

 「民営分割 ご安心ください/会社間をまたがっても乗りかえもなく、不便になりません」


分割後も利便性は変わらないと強調した自民党の広告。全廃されたブルートレインも「なくなりません」とある(1986年5月22日付神奈川新聞)
分割後も利便性は変わらないと強調した自民党の広告。全廃されたブルートレインも「なくなりません」とある(1986年5月22日付神奈川新聞)

 少なくとも県内はそうなっていない。87年のJR発足時点で1日に4本あった東京から御殿場線への直通列車は、2012年に全廃。東海道線でも、JR東日本とJR東海の境界、熱海駅をまたいで東京から沼津方面に直通する列車は、28本から9本に減った。

 御殿場線の場合、同じ線内にも「分断」がある。

 「学校から駅へのバスを1本逃すと帰宅が2時間遅れる」と話すのは、開成町から静岡県裾野市の私立高校に通う2年生の女子生徒(16)。沼津側から来る列車は御殿場止まりが多いためだ。普通列車がなく、別料金を負担して特急で帰ることもあるという。

 不便さは運行ダイヤの問題だけではない。

 山北町の東山北駅には数年前まで、古いくみ取り式のトイレがあった。県立山北高校の最寄り駅で通学生も多いことから、町は水洗式に改善するようJR東海に求めたという。

 同社の“回答”は、トイレ自体を撤去することだった。1時間に1、2本の路線で列車待ちの間にトイレがなくては不便だからと、町は建設費を全額負担して駅近くに公衆トイレを新設せざるを得なかった。

 自民党の広告は、こうもうたっていた。「民営分割 ご期待ください/全国画一からローカル優先のサービスに徹します」


「公共」とは


 送り主に「静岡支社」とだけ記された一枚の紙。山北駅の1日の乗車人員が1989年(1138人)比で35%減ったとして、2012年3月に「駅営業を終了」、つまり無人駅にすると山北町に通告したものだ。「宛名も担当者の名前もなく、およそ対外的な文書とはいえない。これが公共交通を担う事業者の姿勢か」。当時の町幹部の一人は憤る。

 駅舎内のキヨスクも同時期に撤退。「町が衰退する」と危機感を抱いた町は、NPO法人を通じた切符の委託販売で無人化を回避した。「鉄道の街」の矜持(きょうじ)とはいえ、合理化で削られたサービスを住民が肩代わりした形だ。

 こうした例は御殿場線に限らない。JR東海は翌13年、長野と愛知を結ぶ飯田線のうち、長野県内の9駅を一挙に無人化。定期券の購入箇所が限られるなど、住民の生活に影響した。

 「乾いた雑巾を絞るよう」。27年の品川-名古屋間の開業を目指すリニア中央新幹線の余波が、ローカル線に押し寄せた、と社員の一人はみる。JR東海は一連の合理化を「路線維持のため」と説明する。その一方で政府は、リニアの大阪延伸を最大8年前倒しすべく、財政投融資を活用した3兆円を同社に貸し出す。

 「大都市のスケールで物事が進んでいく。そのひずみが神奈川の西部にも出ている」。御殿場線沿線の自治体幹部はそう語った。


 鉄道は社会を映す鏡だ。時にこの国の行く末を、またある時は矛盾を包含したその姿を、今後も本欄や文化面などで報告していく。

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