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「追悼スイング届けたい」日米ジャズメン交友のフェスが遺志継ぎ8月16日実現へ/鎌倉

社会 | 神奈川新聞 | 2012年8月16日(木) 00:40

第1回のジャズフェスティバルで共演する楢原坦さん(左から2人目)とブルニアスさん(右端)=2006年8月17日、鎌倉生涯学習センターホール(楢原弓子さん提供)
第1回のジャズフェスティバルで共演する楢原坦さん(左から2人目)とブルニアスさん(右端)=2006年8月17日、鎌倉生涯学習センターホール(楢原弓子さん提供)

鎌倉市と米国ニューオーリンズ。異郷のジャズメンの交友とともにはぐくまれた市内のフェスティバルが16日、7回目を迎える。2人の共演はもう、かなわない。ことし2月までにこの世を去ったからだ。互いにスイングし、悲喜を分かち合った。家族や仲間がその遺志を継いだ。

フェスティバルは2006年8月、鎌倉市材木座の会社員楢原坦(やすし)さんがトランペット奏者ジョン・ブルニアスさんのバンドを招いて始まった。2人は1992年、ニューオリーンズの老舗ライブハウス「プリザベーション・ホール」で出会った。

坦さんはこの7年前の2月14日、21歳の長男実さんを交通事故で失った。「死ぬことしか考えていない」。そう周囲に漏らしていた坦さんを大学時代の先輩が見かね、このジャズの発祥地に誘った。

ブルニアスさんは、スポットライトを浴びてステージに立っていた。目まぐるしいほどの即興と不協和音は有為転変の世にも似て、スイングが秘める強烈なエネルギーに、坦さんは「生きる希望」を感じ取った。

坦さんと妻弓子さん(73)は実さんの命日を迎えるたび、この地を訪ねた。2人はやがて、顔見知りになった。ブルニアスさんは坦さんをステージに誘った。手招きで、「上がってこいよ」と。「Hello,Dolly!」「When You're Smiling」を歌った。

幼少からブラスバンドでトランペットを吹き、高校時代に自身がリーダーのバンドを組んでいたから、音感とボーカルには覚えがあった。観客は遠国のジャズメンを称賛した。2人は共演を重ねた。

05年、ニューオーリンズをハリケーン「カトリーナ」が襲った。ブルニアスさんの楽器は自宅ごと吹き飛ばされた。その救いの術(すべ)は、ジャズしかなかった。坦さんが高校時代のバンド仲間と始めたのが、チャリティーフェスティバルだった。

坦さんは03年、大腸がんが見つかり、直後に脳梗塞(こうそく)を患った。楽器は失ったが、歌声は奪われなかった。車いすで07年まで、ブルニアスさんとステージに立った。ニューオーリンズのステージで共演した、あの曲も歌った。

ブルニアスさんは翌年2月12日、心臓発作で急逝した。67歳だった。新リーダーのクラリネット奏者トーマス・フィッシャーさんがこの年から、同じバンドを率いてフェスティバルを継いだ。

坦さんは09年、ニューオーリンズ名誉市民になった。翌年の第5回公演まで共演を続けたが、12年2月14日に肺炎で息を引き取った。73歳。実さんの命日で、ブルニアスさんの命日の2日後だった。

「あなたともっとずっと、一緒にやりたかった」。死の翌日、フィッシャーさんから弔辞が届いた。弓子さんと坦さんのバンド仲間は「2人のために」とフェスティバルの継続を誓った。天上へ、追悼のスイングを届けるために。

第7回公演は午後2時と同6時半からの2回、鎌倉生涯学習センター(同市小町)で開かれる。当日券は4千円。問い合わせは、登美太郎写真の店電話0467(22)4114。

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