1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 東日本大震災1年:「とにかく自助」、岩手の被災者が津波生き延び証言/横浜

東日本大震災1年:「とにかく自助」、岩手の被災者が津波生き延び証言/横浜

社会 | 神奈川新聞 | 2012年3月12日(月) 00:37

「とにかく自助を」と訴える浦辺さん=横浜市神奈川区の市民防災センター
「とにかく自助を」と訴える浦辺さん=横浜市神奈川区の市民防災センター

岩手県山田町の自宅兼酒店を津波で失った浦辺利広さん(55)は避難生活を続ける横浜で、辛うじて生き延びた経験を飾らずに語った。この日開かれた横浜市神奈川区の防災セミナー。自らもさらわれそうになり、一度は死を覚悟した「あの日」から続く苦難に思いを巡らせ、「自助、共助、公助というが、私にすればとにかく自助、自助、自助しかない」と訴えた。

揺れは長かったが、大きくはなかった。「早く逃げっぺ」と促されても、「そのうち逃げますから」と受け流していた。震災1年の節目に、当時の心境を振り返った。「津波のことを安易に考えていた」

地鳴りのような津波に妻の叫び声で気付き、海水に洗われながら犬と2階に逃れたが、店の部分が「バリバリ」と壊れ、流されていった。「初めて死ぬんじゃないか」と思った。

その後の引き波の場面が脳裏から離れない。「お願いします、助けてください」。海へ流される家の屋根に乗って若い子が叫んでいた。しかし、がれきだらけの海水には「あちこちに手足が浮かんでいる状態」。何もできなかった。

地元で避難しなかった人は「私たち夫婦と犬以外、全員亡くなった」。すぐに避難した人は「100%助かった」が、逃げるのが遅れて途中で流された人もいた。「避難した方がいいのか、残った方がいいのか、今も答えが出ない」と複雑な思いも吐露した。

がれきの中をはうようにしてたどり着いた町役場では、被災格差が住民の間に大きな溝を生んでいた。さらに移った体育館でおにぎりをもらうとき、自分のみじめさに涙がこぼれた。安易に「絆」という言葉が繰り返される風潮には、違和感を拭えない。そんな本音も明かした講演を「私の話を聞いて、一人でも、二人でも助かったら、こっち(横浜)に来た意味がある」と締めくくった。

【】

防災に関するその他のニュース

社会に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング