1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 事件事故
  5. 浸食進み風景一変 残したい、次代のために

砂浜漂流 渚を考える(1)
浸食進み風景一変 残したい、次代のために

事件事故 | 神奈川新聞 | 2019年5月29日(水) 17:00

徐々に砂浜が回復してきた場所から、慣れ親しんだ海を見詰める小又さん。右は西湘バイパス
徐々に砂浜が回復してきた場所から、慣れ親しんだ海を見詰める小又さん。右は西湘バイパス

 穏やかな波が打ち寄せる砂浜は、文字通り暮らしの一部だった。

 「学校が終わるとみんなで集まって、相撲をやったりしてね。小学生の頃は毎日のように泳いだなあ」。二宮町地区長連絡協議会の市川源一郎さん(76)は幼少期の記憶をたどる。「西湘バイパスができる前の砂浜は本当に広かった。地引き網も毎日やっていたし、漁師のおじさんにシラスをもらったりしたよ」

 町観光協会の田邊邦良会長(70)も懐かしむ。「よく海岸に行って野球をした。小学生の頃は砂浜がすごく広くて、今の何倍もあった」

 高度成長期まっただ中の1960年代に整備が始まった西湘バイパス。当時既に交通量が飽和状態となっていた国道1号の拡幅が困難なことから、海浜地帯が利用された。都心や横浜と観光地の箱根、伊豆方面が結ばれ、利便性は大きく向上。海辺まで住宅地が広がったものの、いくつもの要因が絡み合い、足元の海岸は徐々に侵食されていた。

 それでも踏みとどまっていた砂浜は2007年9月7日、上陸した台風9号で無残な姿をさらす。「異常波浪」と形容された高波は砂浜を乗り越え、バイパスの本線上にも及んだ。バイパスの開通後に二宮へ移り住んだ小又寛さん(53)は、自然の猛威を思い知らされたあの夜が忘れられない。

 「『ザパーン』といういつも聞こえてくる波の音じゃなく、『ドーン』という衝撃音だった。橋脚などに波が激しくぶつかっていたのだろう」

 自宅から海岸までは直線でわずか50メートルほど。胸騒ぎがして、収まった後に見に行くと、4人の子どもが毎日のように遊んでいた砂浜は、どこかへ消え去っていた。

 砂浜が細り、自然の力だけでは維持ができなくっている。各地の海岸では、高潮や高波のリスクが日常的な脅威となりつつある。翻弄(ほんろう)される渚(なぎさ)は、暮らしの在りようを問うている。

この記事は有料会員限定です。

月額980円で有料記事読み放題/100円で24時間読み放題のコースも。詳しくはこちら

環境問題に関するその他のニュース

事件事故に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

社会に関するその他のニュース

アクセスランキング