
5年前の春だった。沖縄県内の病院に1人で訪れた女性は、人工妊娠中絶の手術を希望した。問診票には既婚に丸印を付け、女性は「夫とは離婚協議中で、妊娠しているのは婚外子です」と説明した。
母体保護法では結婚している場合、配偶者の同意がなければ中絶はできない。病院の職員が配偶者による同意書の記入を求めると、女性は重ねて訴えた。「離婚調停中の夫からはサインを得られない。ドメスティックバイオレンス(DV)のような行為もあった」
2日後、女性は配偶者の署名欄が空白のままの同意書を持って再び来院した。「DV」についてカウンセラーが詳しく聞き取ると、「生活費を入れてくれず、けんかばかりしていた」と言う。経済的DVに当たる可能性もある事情ではあった。さらに女性は「1カ月前に離婚した」と申告内容を変えて説明した。胎児の父親に関する情報や、中絶を選んだ経緯まで詳しく話した。
医師は2回にわたる診療録を確認し、すでに離婚しているという女性の申告を信じた。仮に離婚していなくても、妊婦がDV被害を受けている場合は本人の同意だけで中絶ができる、とされている。この2日後、女性本人の同意だけで中絶手術が行われた。
3年後、事態は動いた。実は中絶した時点で離婚は成立しておらず、婚姻関係が続いていたのだ。
「配偶者の同意を得ずに中絶したことは母体保護法違反だ。違法な中絶で子を奪われた精神的苦痛は大きい」
女性の夫が医師に対し、200万円の慰謝料を求める民事訴訟を起こした。
「真偽確認の義務怠った」
人工妊娠中絶と自己決定権 離婚申告信じ施術、医師過失は
沖縄の病院で配偶者同意を得ずに人工妊娠中絶したとして、中絶した女性の夫が医師を訴えた訴状の写し [写真番号:1126980]
沖縄の中絶を巡る民事訴訟で、医師側の代理人を務める日高洋一郎弁護士(本人提供) [写真番号:1126982]