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追う!マイ・カナガワ
鎌倉のコッホ碑、昔はどこに?(下)コロナ禍に教え継承

社会 | 神奈川新聞 | 2021年12月6日(月) 05:50

鎌倉海濱院ホテルで記念写真に収まるコッホ(左)と北里=1908年(鎌倉内科診療所提供)

 鎌倉・稲村ケ崎にあるドイツ人医師ロベルト・コッホ(1843~1910年)の記念碑。結核菌やコレラ菌を発見し「細菌学の祖」と呼ばれる博士の石碑が、約40年前まで別の場所に立っていたことはあまり知られていない。移設前に周辺を探し回ったが「とうとう見つからなかったので調べてほしい」と、少年時代にやり残した調査の依頼が「追う! マイ・カナガワ」取材班に寄せられた。手掛かりは大ざっぱな1枚の地図。新型コロナウイルスに脅かされる令和の今、1世紀を超えるロマンを追い掛けた。


霊仙山に初挑戦

けもの道を歩いて行く

 場所はよく分からないが歴史は学んだ。断片的な情報を頼りに、夏のある日、霊仙山に初挑戦した。

 記者は小笠原諸島の自然の中で育ち、学生時代はラグビーでならして体力には自信がある。コッホが見た景色を─と勇んだが想像よりも山は険しかった。

 その日は快晴も数日前の雨で地面はぬかるんでいた。急勾配を木々の枝や根っこをつかみながらよじ登るが、すぐに泥だらけ。尾根(❶)をとにかく前進するが、大きな巣を張るコガネグモ(❷)が眼前に!。斜面では足を取られ、擦り傷も…。

 ようやく海が見えるポイント(❸)に到達。これがコッホが愛した景色か。しかし石碑跡は見当たらず。どうやら違う場所に来てしまったようでリタイアした。

コガネグモの巣に度々行く手を阻まれる
霊仙山から望む鎌倉の海と空。コッホが気に入った景色と見られるが、眺望を遮る木々がうっそうと伸びている

秋にリベンジ、そして…

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