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神奈川の戦争秘話
旧相模陸軍飛行場の当時を活写 愛川町教委に託された写真

社会 | 神奈川新聞 | 2016年8月16日(火) 10:41

 大戦中、愛川町中津にあった相模陸軍飛行場に関する新たな写真がこのほど、関係者から町教育委員会に寄贈された。エンジンを始動する戦闘機など、初めて公表されるものも含まれ、当時の様子を伝える貴重な資料になった。今回は幸いにも所有者が亡くなる直前に相模原市の女性に託していたため失われずに済んだ。

相模陸軍飛行場でエンジンを始動する疾風(愛川町教育委員会提供)

 町教委によると、写真を寄贈したのは相模原市中央区上溝の牛尾美和さん(87)。当時、飛行場近くに住み、本部棟で電話交換手などとして終戦まで勤務、戦後は元飛行兵らと交流を続けてきた。

 写真の所有者はそのうちの一人で、大分県別府市の田原全由さん=当時(91)。5月に「これから入院する。(写真を)持っていても仕方がないので託したい」と電話があり、郵送されてきたという。田原さんが6月5日に急逝したため、牛尾さんは同飛行場について以前聞き取り調査を受けた町郷土資料館の山口研一学芸員に8月に入って相談して、今回の寄贈が決まった。

託された写真を手にする牛尾さん=相模原市中央区

 写真は、飛行服姿の田原さんや若い戦友たちと撮ったものなど計36枚。プロペラが回り、出撃前の最新鋭戦闘機「疾風(はやて)」や、操縦席に乗り込んだ田原さんとみられる数点はこれまで公表されていない写真という。

 剥げた塗装が目立つ機体から大戦末期の厳しい物資不足がうかがえる。尾翼のマークなどから、1944年7月から45年8月までの間に同飛行場で撮影されたと推察される。

 「親しい人が次々と亡くなり、戦友会の中で最も若い私に写真を託したのではないか」と牛尾さん。戦争の記憶を若い人たちに知ってもらいたいと、写真を寄贈することにしたという。

 山口学芸員は「関係者が高齢化する中、こうした個人所有の資料を逸失させないことが求められている」と説明している。

 ◆相模陸軍飛行場(通称・中津飛行場) 陸軍が愛川町の中津台地を買収して1941年6月に開設。広さは南北約1800メートル、東西約1400メートル。当初、少年飛行兵の養成施設だったが、戦局悪化に伴って「疾風」など戦闘機の部隊が配備、終戦直前に訓練機を改造した特攻機も飛び立った。跡地は県内陸工業団地となっている。

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