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神奈川の戦争秘話
旧海軍工廠の元・台湾少年工、「第二の故郷」大和に里帰り

社会 | 神奈川新聞 | 2015年5月17日(日) 03:00

慰霊碑を前に、亡くなった仲間の冥福を祈る台湾の元少年工ら=大和市上草柳の善徳寺

 太平洋戦争中、座間、大和市などにあった旧日本海軍の戦闘機工場「高座海軍工廠(しょう)」で働いた台湾の元少年工17人が16日、「第二の故郷」と懐かしむ大和市を訪れ、住民と旧交を温めた。戦中は10代だった少年たちも終戦から70年が経過し、現在は80代の後半。戦病死した仲間の慰霊碑の前で日台の友好を誓った。

 少年工は、日本統治下の台湾から1943年5月に第1陣が到着。終戦までに約8400人に達した。同市上草柳に寮があり、高座のほか全国の工場に派遣され、航空機の生産に携わった。空襲や病気で60人以上が亡くなった。

 戦後、台湾に帰った少年工は経済人や政治家などになり、発展に寄与した。同窓組織「台湾高座会」は「世界一の親日国」といわれる台湾で「最大の親日団体」と評され、親日感情の醸成に大きく貢献した。

食堂で食事をとる台湾少年工

 工廠にゆかりのある地元住民らでつくる「高座日台交流の会」(石川公弘会長)と交流し、毎年、相互訪問を続けている。

 今年は元少年工17人と家族ら23人が13日に来日。広島・呉海軍工廠の元従業員らと交流した後、16日に同市に入った。同市上草柳にある慰霊碑で仲間の冥福を祈り、市内で開かれた交流の会主催の歓迎会に出席した。

 台湾高座会の李雪峰会長(88)は「亡くなった仲間の分まで日本と台湾の友好のために頑張りたい。戦後70年で会員の高齢化が進んでおり、交流を次代へ引き継いでいきたい」と話した。

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