1. ホーム
  2. ニュース
  3. 社会
  4. 小隊長の命令、逃げる中国人を「撃て」…銃口をそらした

あの時 わたしは
小隊長の命令、逃げる中国人を「撃て」…銃口をそらした

社会 | 神奈川新聞 | 2015年8月13日(木) 17:55

浜崎重信さん(95) 

 19歳で陸軍に志願し、歩兵隊の一員として、中国の山東省に出兵しました。昭和15(1940)年1月のことです。

 初めての討伐作戦のとき、小隊長から「浜崎、あれを撃て」と命じられました。400メートルほど先を見ると、中国人の女性と子どもが逃げています。どう見ても民間人で「なぜ敵兵でない人間を撃つのか」と疑問に思ったけれど、命令なので撃たないわけにはいきません。少しだけ銃口をそらすと弾は外れ、女性たちはすぐに見えなくなりました。その後の討伐でも、逃げるものは必ず撃つよう命じられました。

 中国では、畑から食糧を奪ったり、堤防を壊して洪水を起こし、日本軍に非協力的な集落を壊滅させたりしたこともありました。上官の命令があったからです。

 3年10カ月の出兵の後、愛川町の中津にあった飛行場で働き、岐阜の整備学校で終戦を迎えました。「負けたんだな」と思っても、これからのことは考えられませんでした。

 自分は、教育勅語で「お国のために」と教えられた軍国少年でした。戦争に疑問を持ったことはありませんでした。

 戦後になってようやく、戦争は間違いだったと気づきました。戦争をしないことを誓った憲法ができて、ああ、これで銃を持って人を殺すことはなくなった、よかったなと思いました。

 今、憲法や教育について見直しを求める動きがあります。再び戦争になることがないよう、反対の声を維持させていくことが大事です。

あの時わたしはに関するその他のニュース

社会に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング