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語り継ぐ関東大震災
未曽有に学ぶ 津波の恐怖、世代超え「東日本」に重なる記憶

社会 | 神奈川新聞 | 2021年9月1日(水) 10:09

伯母の髙嶋フジさん(左)と一緒に逗子・小坪の津波に関する調査報告を聞く平井光義さん=2018年9月、横浜市民防災センター

 98年前のきょう、逗子・小坪の海岸で関東大震災の津波に遭遇した12歳の少女の体験が今春、一冊の絵本にまとめられた。

 7人きょうだいの長女として、とっさの判断で幼い弟の命を守った髙嶋フジ(110)。その行動がなければ、生を受けることはなかったと受け止めるおいの平井光義(64)=横須賀市=は今、災禍を語り継いでいくことの意義をかみしめる。

 自らも10年前、海底ケーブルの保守作業中の洋上で東日本大震災の津波から逃れた経験を持つからだ。

海震

 ガタガタガタ。「すごい振動だ。これはただごとじゃないぞ」

 2011年3月11日午後2時46分すぎ、茨城沖の太平洋上。海外との通信やインターネットなどに欠かせない海底ケーブルの保守作業に当たっていた専用船「KDDIオーシャンリンク」は、突き上げるような激しい縦揺れに襲われていた。

 船をゆっくりと揺らす波の作用とは明らかに違う小刻みな震動。作業を取り仕切る工事長の平井は急いでブリッジへ上がり、船長に問うた。「エンジントラブルか」「いや、船からアラームは出ていない」

 揺れの正体は、水中を伝わってきた地震動「海震」だった。ブリッジのテレビは、約200キロ離れた三陸沖で巨大地震が発生したことを伝える速報を流していた。双眼鏡を陸に向けると、火の手が上がっているのが見えた。「津波が来るのは間違いない。とにかく沖へ」

 国際ケーブル・シップ(川崎市川崎区)が所有するKDDIオーシャンリンクは、母港・横浜港を3月上旬に出港。茨城沖で作業の終盤に差し掛かっていた時に震災に遭遇した。

 周辺海域の水深は百数十メートルほど。浅瀬に近づくにつれて高くなる津波から逃れるため、作業中だったロボットを水中から引き上げ、水深1800メートルの沖へと船を走らせた。14日まで海上で待避。横浜港へ戻る途中で、災禍の現実を思い知らされる。「引き波で陸から流されてきた家の屋根やがれき、タイヤ、動物などが漂っていた」

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