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やまゆり園 事件考
【共に生きる】実名で語った被害 諦めず、誰かに届くまで

社会 | 神奈川新聞 | 2021年7月21日(水) 10:03

 津久井やまゆり園事件から5年。共生のあるべき形が問われ続けている。「共に生きる」とは─。


やまゆり園元入所者家族 尾野 剛志さん

モニュメントの前で一礼する尾野剛志さん=20日午前、相模原市緑区の津久井やまゆり園    

 石造りの真新しいモニュメントに真夏の日差しが照り返す。建て替えが済んだばかりの「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)。5年前の事件で息子の一矢さん(48)が重傷を負った尾野剛志さん(77)は、妻チキ子さん(79)と肩を並べ、祈るように手を合わせた。

 「名前が刻まれ、彼らがここに存在したことが証明された」。犠牲になった19人のうちモニュメントには7人の名が記された。いとおしそうに見つめた尾野さんは、「少し気持ちは楽になったかな」「ゆっくり休んでね」と語りかけた。

 事件後、2人はこの営みを毎朝の日課にしてきた。自宅の仏壇に19人の名が記された紙を据え、手を合わせる。

 「これから一緒にお出掛けだよ」「今日はどんな一日だった」

 かけがえのない命が奪われ、心を傷つけられたあの日から5年。尾野さんにとってその歳月は「あっという間」に過ぎ去っていった。

 横浜地裁で開かれた元職員だった植松聖被告(当時)の公判は昨年の年明けのこと。「判決が下って半年…。いや、違う。もう1年以上もたつんだね」

 駆け抜けた5年間だった。事件後、尾野さんの元には取材陣が押し寄せた。真正面からマイクやカメラに向き合い、実名を名乗って取材に応じたからこそのことだ。8時間にわたりインタビューに答えたこともあった。

 講演にも出向いた。伝えたのは自身が見た事件や体験談、重度の知的障害がある人たちの境遇…。「障害者への無関心、無理解を減らしたい」。そこには「植松の事を考えたくない」との思いも重なった。取材で植松死刑囚と接見した際の内容を聞かされ、心の傷をえぐられる事もあった。

 それでも、この思い一つでぐっとこらえ続けた。「これは自分の仕事。今こそ障害者の家族が発信すべき時なんだ」

一矢さんの勇気

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