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追う!マイ・カナガワ
「横浜の意外な酪農史」再び 往時知る人たちから反響続々

社会 | 神奈川新聞 | 2021年4月25日(日) 11:45

 読者の疑問をもとに、横浜開港から続く知られざる「ミルク・リング」の歴史を追った「追う! マイ・カナガワ」の11日付の記事に、往時を知る方々から続々と感想が寄せられている。牛とともに生きたハマっ子たちの記憶を、記者が再び追った。

根岸付近の牧場

 開港期、西洋文化の伝達とともに、乳製品が日本で初めて横浜で生産されるようになった。当時はハイカラな嗜好(しこう)品。明治~大正時代には、牧場経営で一旗揚げようとベンチャー精神旺盛な人たちが横浜に集まり、消費の中心であった波止場を囲むように牛を飼育し始めた。

 こうして誕生したハマの「ミルク・リング」(牛乳圏)の歴史を伝えた記事を読んだ川崎市中原区の佐野ケイ子さん(81)からマイカナ取材班に連絡があった。

 「日本の牧場が横浜発祥だと初めて知りました。私が小さい頃、横浜市中区寺久保で父親が『昭和牧場』を営んでいた。父が亡くなってしまい歴史が分からない。何か知っていることがあれば教えてほしい」

父親が経営していた「昭和牧場」の看板が掛かる門柱の前で、弟たちと写る佐野ケイ子さん=1940年代(本人提供)

 横浜開港資料館(同市中区)の元調査研究員・斎藤多喜夫さん(73)がまとめた横浜のミルク・リングの資料をめくると、佐野さんの父・永作開蔵さんの名前も載っていた。

 時代の風を読んだ一人だったのだろう。資料には、1914(大正3)年に牧場を開業した記録が残る。

 佐野さんによると、最盛期には30頭の乳牛を飼育し、「昭和特別牛乳」のブランドで販売。父は得意の英語を操って、山手の外国人や元町のケーキ屋などに牛乳を卸していたという。

牧場だった場所訪ねると・・・

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