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急逝の古賀さん 柔らの心、伝え続け 県内からも惜しむ声

社会 | 神奈川新聞 | 2021年3月24日(水) 23:24

 豪快な背負い投げを武器に「平成の三四郎」と称された古賀稔彦さんが24日、53歳で柔道人生に幕を下ろした。1992年のバルセロナ五輪で金メダルの頂点に立ち、現役を退いた後は川崎市高津区に私塾「古賀塾」を開設。「柔道だけでなく、人間形成の場としたい」。自ら畳の上で範を示し、市内外の子どもたちに「柔らの心」を伝え続けた。

「いつも以上の力を引き出してくれた」

「古賀塾」の道場開きで笑顔の古賀稔彦さん=2003年3月、川崎市高津区

 2003年3月、古賀塾の道場開き。3年前に現役を引退した古賀さんは、約100人の関係者を前に力を込めた。道場は畳72枚の広さで、壁に掲げた「塾五訓」で、素直な心、感謝の心、奉仕の心、反省の心、謙虚な心─を伝え続けた。

 未就学児から受け入れ、稽古前には子どもたちに目標を立てさせるとともに、コーチにも指導目標を掲げさせた。奉仕活動にも汗を流し、「頑張ることが当たり前」の心を育んだ。

古賀さんが柔道を指導していた古賀塾=24日午後2時20分ごろ、川崎市高津区

 道場に通う小学生の母親は「大好きな古賀先生が道場に来ると大喜びで、いつも以上の力を引き出してくれた」と振り返り、金メダルを子どもたちの首に掛けてくれた場面を懐かしんだ。「試合で勝つことより、1人で畳に上がる勇気を出せることがすごい」と励まし、礼儀を重んじる指導も貫いたという。

 「子どもたちがうまくなって、成長してくれると本当にうれしい」「一生汗を流せる柔道家でありたい」と話していた古賀さん。しかし、道場は昨年11月、コロナ禍を理由に無期限の休塾に。塾生には直筆の塾五訓と、「柔の心をこれからもいつまでも」というメッセージが送られたという。

「憧れない人はいない、柔道の宝」

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