ベルゲンまで行ったので翌日はミュルダルに引き返してから支線のフロム鉄道に乗る。「世界一美しい車窓風景」などといわれる山岳路線。「鉄道ファン垂涎の」といった形容もされる。この手の賛辞はあまり信用しないことにしていたが、今度ばかりはそんな疑心は無用だった。
まずデータ。1940年の運行開始。全線20キロ余。20あるトンネルのほとんどは手掘りというから難工事をしのばせる。フィヨルド岸辺のフロムまでの標高差864メートルを1時間弱かけて駆け下りる。最大勾配55パーミル、最小曲線半径130メートル。
ミュルダルを出るとすぐ急カーブにかかる。馬蹄形ともΩ型ともいうべきくねり、よじれ。しかもトンネル続き。明と暗が交互する旋回を繰り返しながら峡谷に分け入る。カメラをどう構えていいやら。左右どちらにどんな絶景が現れるか分からない。それも瞬時で闇の幕が引かれる。
途中のショースフォッセン駅ではホーム下を滝が走り抜ける。あふれ出た湖水が目前に躍り、轟き、飛沫を上げる。列車も5分ほど見物の停車をするが、風が巻いて歓声も遮られる。妖精に扮した地元の歌手がドレス姿で岩場に出て美声を聴かせるが、そんな趣向を味わうゆとりはなかった。
ほかにも大小の滝はいくらもあって目移りがする。うち1つでも日本にあればたちまち名所になるだろう。フロム駅ホームからは客船の白い姿が見渡せた。こんな山間にまで海水を導いた自然の力に驚く。氷河がえぐった地形に果敢に挑んだ鉄路。今回は船でこの地を後にするが、機会があれば今度は逆コースでこそ乗りたいものだ。(F)